大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

文学のこと

田原の里へ・・・文豪の住処

春日大社若宮を後に、私たちはその南に広がる鬱蒼とした木立の中に延びる古径に分け入った。その先にあるのは高畑の町。かつては春日大社の禰宜たちが多く暮らしていたという土地だ。毎日、禰宜たちはこの道を抜けて春日大社へと通った故「禰宜道」というら…

三輪山セミナーに行く

前回の記事で、「田原の里へ」なんていう文章を書き始め、しばらくは30数年前のとある徒歩旅行の思い出を記すつもりであったが、今日は早速、道草を・・・ 大神神社には大礼記念館という催事会場があり、そこでは結婚式の披露宴をはじめとして、様々な催しが…

この秋の楽しみ

暑い暑いとは言いながら、雨ばかりでお天道さんの御顔をあまり拝見することもなく8月が終わりつつある。暦の上でも立秋を迎えてから半月ほどたっているわけだから、もう立派な秋である。一昔前だったら、昼の暑さはともかくとして、夜に窓から吹き込んでくる…

近況報告をば一つ

最近更新が滞っている。 体調を崩しているわけではない。ましてやインフルエンザ等ではない。いたって健康である。ならば、仕事の方が忙しいのかといえばそうでもない。第一、私がそんなに一生懸命仕事をするはずがない。 全てはこいつのせいである。 万葉集…

「桜井の万葉」について

もうお気づきの方がいらっしゃるかとも思うが、このページの上の方にあるメニューに「桜井の万葉」という新たなテーマが加わった。私の地元、奈良県桜井市の地名が、歌中に詠みこまれている歌、題詞や左注あるかする歌をすべて網羅しようとの試みだ。 手元に…

降る雪は あはにな降りそ

但馬皇女(たじまのひめみこ)薨後穂積皇子(ほづみのみこ)冬日雪落遥望御墓悲傷流涕御作歌一首 降る雪は あはにな降りそ 吉隠(よなばり)の 猪飼(ゐかひ)の岡の 寒くあらまくに 降る雪よ、そんなに降ってくれるな。吉隠(よなばり)の猪飼ゐかひの岡は寒いだろう…

顔よき子らも、 頼まずなりぬ

今日は年末恒例の人間ドッグ。昨夜は酒も飲まず、午後8時以降は固形物の一切を入れず我慢の良い子。朝は早くから朝食もとらずに電車に乗り込み病院へ・・・。まだ簡易の結果ながら、我慢の甲斐もあって少々(?)太りすぎという点を除けば、まずまず良好。帰…

味酒 三輪の山

三輪村(現在の桜井市三輪)の東、初瀬村の西、孤峰峻抜にして林木青葱たり。眺望群山に異なり、春日の三笠山と相比すべし。 とは、この国の歴史地理学の先駆けを成すとも言うべき吉田東伍の三輪山評である。高等教育を受けることなく、ほぼ独学で学んだ彼は、…

白山神社(桜井市・黒崎)

毎朝、職場のある奈良市都祁に向かう途中、いつも気になって仕方のない御社がある。国道165号線を私の住む三輪から東に進むこと4㎞弱、黒崎の地にその御社はある。名は白山神社。全国いたるところにある名のこの神社は、 加賀一の宮、石川県白山市に鎮座する…

昼は咲き 夜は恋ひ寝る

最近、とんと更新のペースが鈍り、週一回の更新が精一杯になっている。特に忙しいだとか、体調が悪いだとかの事情は一切ない。すべて我が怠惰なる精神のなせる業である。まあ、このしがないブログが更新されようとされまいと世の中にいささかの影響もあるま…

肩のまよひは 誰か取り見む

今年行く 新島守が 麻衣(アサゴロモ)肩のまよひは 誰か取り見む 今年出かけて行く新しい島守の麻の衣の形の部分のほつれを誰が取り繕ってあげるのだろうか。 作者未詳・万葉集巻七・1265 私が大学に入って間もない頃だ。上代文学に興味のあった私は、先輩に勧め…

持統天皇六年 伊勢行幸

先ほど、私の別に運営するブログ「万葉歌僻読」というブログに あみの浦に 船乗りすらむ 娘子(ヲトメ)らが玉裳の裾に潮満つらむか 今頃あみの浦で船遊びをしているであろう乙女たちの美しい裳の裾に潮が満ちていりことであろうか・・・ 柿本人麻呂・万葉集…

空が青いから・・・

この週末はちょっと風変わりな場所に出かけた。その場所にたどり着くとまず目に入るのは、その歴史の古さを感じさせる重厚な煉瓦造りの壁面である。 右を向いても 左をみても延々と赤みを帯びた褐色の壁は続いている。 はて・・・と何かお感じになられた方も…

真福寺本古事記を見る

最近、すっかり怠け癖がついてブログの更新のペースがすっかりと落ちてしまった。そのせいで報告が遅れてしまったのだが。先週の日曜日私は昼過ぎに奈良国立博物館に車を走らせていた。目的はこれ・・・ 「古事記の歩んできた道ー古事記撰録一三〇〇年ー」と…

壬申の乱・・・僻読

天智天皇の10年(671)9月、天智天皇は病に倒れた。10月、いよいよ病篤く、再起の望みの絶たれた天皇は、その革新事業を共に歩んだ弟大海人皇子を枕元に呼び、後事を託した。しかし、大海人は丁重にそれを辞し、皇后倭姫を天皇の位につけ、天智の皇子、大友…

二つの新聞社のその日・・・河北新報と石巻日日新聞

3月に放映予定の二つのテレビドラマがある。 河北新報のいちばん長い日 6枚の壁新聞 である。いずれも3.11にまつわる内容のドラマである。どちらも同名の書籍が昨年出版され、話題を呼んだのでご記憶のある方もいらっしゃるだろう。 河北新報は東北随一…

大伴家持と藤原久須麻呂と・・・下

・・・が、この歌群について私が抱いている興味はそこにあるのではない。ならば、私の関心の中心がどこにあるのか・・・ と、私は前回の記事を結んだ。となれば、今回の記事はその関心の中心について私は述べなければならない。 万葉集中を見渡すに、男から…

大伴家持と藤原久須麻呂と・・・上

万葉集の巻の四の末尾に、ここ数年常に気にかかっている歌群がある。この国最古の歌集である万葉集を、おそらくは今我々が見る姿に近いものへと仕立て上げた歌人大伴家持と、平城の御代の中期から末期にかけて権勢を誇った『恵美押勝』こと藤原仲麻呂の子、…

「瓦礫の中から言葉を」私の<死者へ>・・・辺見庸

あの日以降・・・そう、2011・3・11以降、私はしばらくの間、何も書けなくなっていた。そして、しばらくして・・・私はこのブログに我が思いを託そうとした。けれども書けば書くほど自分の思いと表現されている内容とが乖離して行くことに気づき、い…

月西渡

「月西渡」・・・ こんなふうに書かれていても多くの方は「?」とお思いになるであろう。 東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡 と書けばどうであろう?・・・ 実は・・・ひらがなのなかった時代・・・万葉集のその時代、柿本人麻呂の 東の野にかぎろひの立つ見…

続磐余の池・・・大津皇子辞世をめぐって

先日の記事を受けて、私は早速現地へと向かった。この週末のことである。17日土曜日、車を走らせること10分、目的の地には近づいたが、この日は新聞にあったとおり発掘担当者からの現地説明会が行われており、周囲は一切の駐車禁止。近辺に都合のよい駐車ス…

「蜘蛛の糸」僻読

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」について書いてみようと思う。 これほど有名な小説に私のようなものが今さら何か言葉を差し挟むような余地が存しているとは到底思えないが、ふと思いたったのでどうしても書かずにいられない。 といっても、この「蜘蛛の糸」の読み…

たまには文化の香りを・・・

今日は文化の日。少々文化的なものに触れたくなって昼食後、車を飛ばした。 といっても、その時間はわずか15分ばかり。目的地は隣町の天理市。車を止めてほんの1,2分。 天理図書館・・・私の母校の付属図書館だ。全国でも有数の規模のこの図書館は、わが母…

この夕べ 降り来る雨は 彦星の 早漕ぐ舟の 櫂の散りかも

今日は2011年7月7日・・・そう、七夕さんだ・・・などと、改めて言わずとも、それは皆さんがよくご存じに違いない。ただ、こういった行事は本来旧暦で始まったもの。それが故に、遥かなる天空で年に一度だけ認められている年に一度の逢瀬のこの晩、今年も例…

さあ、お読み下さい・・・一編の詩

あの日以来、折あるごとにふと脳裡をよぎる詩が一編ある。その詩の全てをそらんじているわけではないが、その部分部分が口について出てくるのだ。その詩を以下に示してみたいと思う。著作権という観点からすれば・・・ちょいと気がひけるのであるが・・・そ…