大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

旅のこと

「花巴」の里へ・・・上

JR和歌山線、吉野口の駅で乗り換えると、近鉄吉野線は薬水くすりみず・福神ふくがみ・大阿太おおあだと少々変わった名の駅を過ぎる。ほどなく目的の六田むだの駅である。万葉集にも 詠河 音に聞き目にはいまだ見ぬ吉野川六田の淀を今日見つるかも 巻七・11…

帰郷の記・・・宮城峡

長々と続いた今回の帰郷のレポートも今回が最後となる。1月9日から11日にかけてのたった3日間の事について書き始めて、もう一ヶ月。そろそろいい加減にしないとお付き合いいただいている皆様にも申し訳ない。 最後に訪れたのは、10日の夜に宿を取った遠刈田…

帰郷の記・・・多賀城(捕逸)

前回は私が子供のころからその地を踏むことを夢見ていた古代の城柵、多賀城について書いた。実はその際にもう少し触れておきたかったことがあるのだが、文の構成上どうしても入れることができなかったことが二つあった。よって今回は捕逸と銘打って、その二…

帰郷の記・・・多賀城

2016年1月10日、私は幼い頃から憧れ続けていた場所にようやく立つことが出来た。それは確か小学校の5年生か6年生の頃のことであった。私は父の書棚から背表紙に「日本の歴史」と書かれた3冊の箱入りの本を見つけた。時代劇などを通じて少なからぬ興味を歴史…

帰郷の記・・・瑞巌寺(下)

・・・と、右に折れて突き当たりの所に写真のような塚が目に入った。 [caption id="attachment_7524" align="alignnone" width="300"] 鰻塚[/caption] 鰻塚である。鰻塚は、大正12年8月16日に建立されたもので、「鰻塚」の文字は瑞巌寺第126世松原盤龍…

帰郷の記・・・瑞巌寺(上)

松島湾の海岸線に沿って東西に走る道沿いにいわゆる観光地の「松島」はある。その東西の道から、土産物屋のいくつかの分だけ奥に入ったところに瑞巌寺の総門はある。 [caption id="attachment_7511" align="alignnone" width="300"] 瑞巌寺総門[/caption] 伊…

帰郷の記・・・野蒜駅

我が郷里で、全国的に名の知られた民謡に斎太郎節がある。この斎太郎節と遠島甚句を合わせて歌えば大漁歌い込みとなるのだが、その斎太郎節に「まつしま(松島)~の~ さ~よ~ず~い~がんじ~(瑞巌寺)ほ~ど~の~ て~ら~(寺)も な~い~と~え~」…

帰郷の記・・・釣石神社

突然ではあるがこの三連休を利用して宮城に帰ってきた。2年半ぶりの帰郷である。これから数回にわたってそのレポートをお届けしようと思うが、まあ帰郷ともなれば、親兄弟に会うとか親戚に会うとか墓参りをするとか・・・皆さんにはつまらない事柄(むろん…

十津川に行く

先週の末のことである。全国的に寒波に襲われ我が大和にもこのシーズン初の雪が降ったその日、私は大和の地にあって最も高い地点を抜ける峠道を車で南へと向かっていた。目的地は十津川とつかわ村。日本最大の「村」(672.38 km²)である。もっともこれはい…

桃源郷へ・・・

この先にいったいどんな空間が開けてくるのか・・・まるで異界へと通じる通路のようなトンネルを私は一歩一歩進んでいた。 いささか大げさな物言いになってしまったが、そんな感覚に襲われていたのは確かであった。 私は盆明けの日曜日、焼き物の里信楽にあ…

上京記・・・5

休日にもかかわらず開店(大阪の場合、ほとんどの店は休日でも開いていることが多いのだが)している神保町の古書店を巡り歩くこと2時間半(開店前の下見を含めると3時間以上)。時刻はもう12時をまわっていた。先日述べたように私は、この日最初に訪れた店…

上京記・・・4

今回の東京行きもいよいよ2日目である。昨夜、「ガリ」と竹鶴12年物の絶妙の取り合わせを発見した私は、そのアルコールの摂取量にもかかわらず、朝から猛烈な食欲に襲われていた。今回の慰安旅行では朝食はセッティングされていなかったので、各々が勝手に朝…

上京記・・・3

浅草寺をあとにした私は東京スカイツリーへと向かう。築地場外市場・浅草寺・東京スカイツリーと、「おのぼりさん」の典型的なコースをたどっているわけであるが、まあ、慰安旅行で東京に向かうことがすでに「おのぼりさん」であるわけだから、ここは正統な…

上京記・・・2

10時16分発の「のぞみ」に乗り込んだ私は、座席に着くや京都駅で購入した「京都麦酒 蔵のかおり」を栓を開け、チビチビとやり始めた。昼日中からの飲酒であるが、なあにこれが望ましい慰安旅行の姿である。前回もお話ししたように「香りがよく、さっぱりして…

上京記・・・1

先日予告したとおり、この7日、8日の週末は職場の慰安旅行で東京へと出かけた。集合は10時、京都駅だ。そのために私は家人に近鉄桜井駅まで車で送ってもらい、大阪方面・・・上本町行きのホームに立った。8時頃だったかと思う。すると、ホームにちょいと珍し…

浄瑠璃寺に行く・・・下

可愛らしい2体の石仏に見守られ、私はひそやかな・・・それでいて美しい限りの山門をくぐる。この先にあるはずの浄土式庭園へと続く古径は、滴るような緑で覆われていた。左手に鐘楼が見えた。 そう大きくはないこの古寺のその規模に相応しい、ちんまりとし…

浄瑠璃寺に行く・・・上

浄瑠璃寺は、京都府木津川市加茂町にある真言律宗の古寺である。本尊は薬師如来と阿弥陀如来、開基はこの寺についての唯一の資料である浄瑠璃寺流記事に従えば、永承2年(1047)、義明上人が本堂を建立したのに始まると言うことになるが、天平11年(739)に行…

広島に行く・・・アナゴ丼と錦帯橋

長々と続いてきた、3月初旬の広島旅行のレポートだったが、もう黄金週間が始まってしまう。そろそろ終わりにしなければならない・・・ ・・・宮島にて贅美を尽くした中世から近世にかけての建築に堪能した後は、空腹を慰めねばならない。私たちは宮島の船着…

広島に行く・・・宮島にて、5

本殿に祀られた宗像三女神に別れを告げ、しばしの間、海上の能舞台に見とれた後、西へと延びた渡廊から上陸をする。ここで振り返って一枚。渡廊の屋根の優雅な曲線の上に見えるのが、これから向かうべき千畳閣と五重塔だ。 本来ならば、この本社から西に延び…

広島に行く・・・宮島にて、4

振り返り本殿を見る。手前に見える黒塗りの基壇に朱塗りの高欄をめぐらされている部分が、高舞台。平清盛が大阪・四天王寺から移したという舞楽がここで演じられている。舞楽の舞台としては最小のものだそうで、現在の舞台は天文15年(1546)、棚たな守もり房…

広島に行く・・・宮島にて、3

さて、前口上が思いの外長くなってしまった。そろそろ、お参りを始めることにしよう。 厳島神社は平安時代の貴族の住居の標準的な作りである寝殿造りを応用したものであるが、拝観はその本殿東の渡廊の北辺にある受付で300円の拝観料を支払うことから始まる。…

広島に行く・・・宮島にて、2

さあて、大鳥居のたもとでのんびりとひなたぼっこを楽しむ鹿さんたちとも別れを告げ。私たちは海岸沿いの参道を東に向かう。このあたりの海岸線は有の浦という風雅な名で呼ばれているが、厳島神社に近いあたりは特に御笠浜とも呼ばれている。大鳥居から5分も…

広島に行く・・・宮島にて、1

旅行の2日目、昨夕寝床に着いたのが1時過ぎではあったが、6時過ぎには目が覚めた。どれほど飲んだか覚えているほど無粋な人間ではないが、比較的さわやかな目覚めであったことからすれば、さほど飲んではいなかったのだろう。早速寝床を出て、ベランダに出る…

広島に行く・・・宮島口にて

呉市内での見学を終えた私たちは、この日の宿泊予定の宮島口への移動を開始する。宿泊先が宮島口というのは、そこが明日の最初の見学予定の地があるためだ。 やまとミュージアム(呉市海事歴史科学館)・てつのくじら館(海上自衛隊呉資料館)から呉の駅まで…

広島に行く・・・呉にて、3

大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)での見学が終えた私たちは、道を隔てたばかりの場所に隣接したてつのくじら館(海上自衛隊呉資料館)へと見学の場所を移した。2004年まで現役として働いてきた潜水艦「あきしお」をその展示室の一部に取り込んだこの…

広島に行く・・・呉にて、2

この旅の最初の見学地である呉基地係船掘をあとにした私たちが次に向かうのは同市内にある大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)。人気の施設である。呉基地係船堀からはタクシーで10分ほどである。 館内に入ると最初に私たちを迎えてくれるのは、戦艦大和…

広島に行く・・・呉にて、その1

呉の駅に降り立ったのは12時30分過ぎ、急いでタクシーに乗り合わせ、目的地を告げる。1時には海上自衛隊呉造修補給所工作部に隣接する呉基地係船掘にたどり着かなければならない。毎週日曜日の1時からこの係船掘に停泊中の艦船のうちの一隻が、その内部まで…

広島に行く・・・序

この週末、職場の慰安旅行で広島まで行ってきた。宴会目的の純然たる慰安旅行である。とはいえ、せっかく広島まで足を運ぶのであるから、宴会を開くべき宿の往復だけで新幹線に乗るのはあまりにもったいない。 そこで初日の昼からと、二日目の昼過ぎまでは、…

帰郷2013・・・10

墓参りのために、再び私の故郷野蒜の地に足を踏み入れた私たちは早速先祖代々の墓所へと向かう。おととい、墓参りだというのに線香を忘れるという失態をしでかした私たちは、今日途中のコンビニでその必須のアイテムを手に入れていた。 車を止めて墓地に入る…

帰郷2013・・・9

海辺の宿に泊まり、朝早く起きることが出来た者のみに与えられる特権を充分に味わい尽くした後、私はやはり旅の宿にあることの特権を行使するべく、東館(新館)の2階にある浴場へと向かった。昨日利用した西館のそれとは違って、海に向かっての露天風呂もし…

帰郷2013・・・8

今回の帰郷もとうとう最終日となった。昨夜早く寝すぎたせいか、まだ暗いうちに目覚めてしまった。外からはかすかに潮騒が聞こえる。時計を見ると4時を回ったところである。家にいるときでも夏は5時過ぎには起きているので、このまま起きて朝風呂にでもつか…

帰郷2013・・・7

宿に着いたからには、あとはお決まりの行動。部屋に用意してあるお茶をまず一杯。そして、窓際のソファーに座り窓からの眺望を楽しむ。 穏やかな・・・実に穏やかな海である。湾口幅約6.5km、奥行き8kmの志津川湾である。湾内では牡蠣・海鞘(ホヤ)・ワカメ・…

帰郷2013・・・6

古代日本における黄金郷(ちょいと大袈裟)であった涌谷町を抜けると、道は、ゆったりと西流する大河を渡る。北上川である。私たちはここからしばらく北上の流れを左に見つつ東進することになるが、1kmほど車を走らせたところで、北上川は私たちの視界からは…

帰郷2013・・・5

この日の午後の目的地であったひまわりの丘を見たあとは、国道4号線を東進し、今宵の宿を目指す。道は鳴瀬川と並行して走るようになり、そこから6kmほど進んだところで左に折れ、鳴瀬川を越える。あとは、そこから4km弱進んだ先に突き当たった陸羽東線沿…

帰郷2013・・・4

蔵王連峰のシンボルともいえる御釜を拝することをあきらめた私たちはその最高到達点の標高約1600mから一気に1500m以上を下り、村田インターチェンジから再び東北自動車道に入る。今度は北上して、県北の大崎平野を目指す。 大崎平野は、かつてこの地域にあ…

帰郷2013・・・3

朝食を済ませた後・・・少々食べすぎたと反省しつつ、私はホテルを後にした。今日の最初の目的地は蔵王の御釜である。これまで家族を連れて帰郷するたびに行ってみようと思いつつ、悪天候に阻まれて拝することあたわなかった蔵王の御釜である。この日は快晴…

帰郷2012・・・2

震災後、初めて私の郷里を訪れた妻と息子たちに、変わり果てた東松島市野蒜の様子を一通り見せた後、その一角にある我が家の墓所を訪れた。不覚にも線香を購入することを忘れていた私たちは墓前に手を合わせることしかできなかった。それが大体午後2時半。そ…

帰郷2013・・・1

「初瀬・・・忍阪、そして阿騎野へ」等と銘打って、今から30年ほど前の記憶を穿り返すような記事を連載していたが、ここからは数回、話題を変える。久しぶりに故郷に帰ってきたのだ。あの3.11以来2度目の帰郷だ。前回はその年・・・・すなわち2011年の9月。…

薩摩行・・・5

人吉の駅に着いたのは13:03。出発の予定は13:20である。ここで私たちは遅い昼食となる駅弁を仕入れ特急「くまがわ」4号に乗り込む。 これまで乗ってきた「はやとの風」や「しんぺい」2号のように劇的な改造の施されていない当たり前の特急用列車だ。 車内も…

薩摩行・・・4

静かに・・・静かに・・・「しんぺい2号」はホームから遠ざかり始めた。 吉松駅を出発した「しんぺい2号」は人吉までの35㎞を1時間20分で走り抜ける。同じ路線を他の普通電車が1時間以内で走り抜けていることを考えればかなりゆっくりとした旅だ。観光列車と…

薩摩行・・・3

11・08、「はやとの風」を降りた私が、次に乗るべき列車は11:49発。あと40分ほどはこの吉松の駅で時間をつぶさなければならない。吉松の駅は・・・ かくも、鄙びた駅・・最近はやりの「駅ナカ」なんてものは期待できない・・・ ということで私は改札を抜け、…

薩摩行・・・2

「薩摩行」などと銘打って、先日から文章を書きはじめたが、今になってちょいと・・・いや、かなり後悔している。理由は至極単純だ。私のこの日の旅程は、霧島温泉駅を始発として九州を北上し、博多へと向かうというものだ。霧島温泉駅は薩摩の国のかなり北…

薩摩行・・・1

過日もお伝えしたように,私はこの3月の初旬、鹿児島は霧島の地を訪れた。楽しい一夜を過ごした後、旅の二日目は霧島温泉駅よりローカル線に乗り、九州を北上する、少々「鉄ちゃん」めいた日程である。宿を出たのが朝の9時半頃、霧島温泉駅に着いたのが10時…

薩摩にて

この3月の初旬、私は薩摩の国は霧島温泉郷にいた。今の職場でここ3年の間取り組んできたプロジェクトの完了を祝っての打ち上げ旅行に参加していたのである。私がこの職場に赴任したのは昨年4月。したがって、私はこのプロジェクトに1年間しか参加していなか…

行って見たいところ・・・追分温泉3

・・・前回に続く・・ かくして小学生3名と老人1人の湯治生活が始まった。祖母は体調の加減でそうしばしば風呂に入ることができない。私の友人の2人は健康そのもの、湯治の必要などどこにもない。その必要があったのはアトピー性疾患を抱えた私一人だけであ…

行って見たいところ・・・追分温泉2

・・・前回に続く・・・ 何度も何度も道はうねり、次第に細くなってゆく。まだ幼かった私たちの不安はいや増しに増す・・・そして、私たちの目に入ってきたのは幾棟かの古ぼけた建物。当時私の家は慶応年間の築というかなり年季の灰いた代物だったが、そんな…

行って見たいところ・・・追分温泉1

先日、よく邪魔させていただいている掲示板の常連さんとのやり取りの中でふとある温泉についての記憶が蘇った。 追分温泉という名の温泉だ。住所は宮城県桃生郡北上町女川大峯1。 山あいの本当に鄙びた一軒宿だ。宮城県内に住んでいらっしゃらない方・・・…

帰郷・・・捕逸1

9月の1か月間、このブログはかの3月11日にすべてを洗い流された我が郷里への帰京を、時系列に従って逐一を報告した記事がそのすべてであった。なるべくならば、私が見、聞きしたものをもれ落ちなくお伝えしようと努力はした。そしてその意図はほぼ尽くしえた…

帰郷・・・10

石巻の市内を車で一回りする。中心街は人通りもまばらで宮城県で2番目の人口を誇る町としては余りにも寂しい状況だ。商業街の平日の昼下がりという条件を考慮に入れても、かつての賑わいから見れば、その衰弱は隠しようもない。郊外に巨大な店舗が続々と進出…

帰郷・・・9

東松島市野蒜から私が高校時代を過ごした石巻まで車で3,40分。再び鳴瀬川をさかのぼり国道45号線に入る。途中、叔母の家族の経営する石材店を訪れる。途中、道の左にコンビニが見える。あの日の波はこのコンビニあたりまでを襲った。地震が発生し、津波の危…