大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

考えたこと

二つの校歌(3月11日によせて)

松風は窓ににおい白き渚鴎光る。 ああ、我らここに集いて瞳清く英知磨かん・・・ これは私が卒業した鳴瀬第2中学校の校歌である。この校歌がもう歌われることのなくなったものであることは、ちょうど1年前の記事にて皆さんにご説明をした。 5年前の今日、あ…

帰郷の記・・・瑞巌寺(上)

松島湾の海岸線に沿って東西に走る道沿いにいわゆる観光地の「松島」はある。その東西の道から、土産物屋のいくつかの分だけ奥に入ったところに瑞巌寺の総門はある。 [caption id="attachment_7511" align="alignnone" width="300"] 瑞巌寺総門[/caption] 伊…

帰郷の記・・・釣石神社

突然ではあるがこの三連休を利用して宮城に帰ってきた。2年半ぶりの帰郷である。これから数回にわたってそのレポートをお届けしようと思うが、まあ帰郷ともなれば、親兄弟に会うとか親戚に会うとか墓参りをするとか・・・皆さんにはつまらない事柄(むろん…

新年のご挨拶

2016年元日 2016年の春がつつがなく迎えられたこと、お喜び申し上げます。 この一年が皆様にとって素晴らしいものでございますようお祈り申し上げます。 三輪山の麓より 三友亭主人

2015年今年の人気記事ベスト10(笑)

これが今年の最後の記事となる。年の暮れももうそこまで来ている時節柄、テレビなんかを見ていると今年の重大事件(十大事件)なんかを振り返る番組が目白押しで、あちらこちらと訪問させていただいているブログでも同様の記事を書いている方がしばしば目に…

今週の三輪山・・・金屋河川敷付近より

2015年12月12日11時30分 三輪山の色づき具合もそろそろ頂点に達してきた。あとは褐色に色づいた葉が落ちて、三輪山は春まで色彩の乏しい季節を過ごすことになる。 この前の記事から、「万葉の桜井」と称して以前書いたものに、手を加えちょちょいとネタ不足…

馬と鹿の話

法隆寺についての報告を数日続けている。その終了まであと二日はかかるかと思うのだが、今日は趣向を変えてみたい。というより、今日はどうしても司馬遷のこの一文を皆さんにお読みいただきたくて仕方ない。 趙高、乱を為さんと欲し、群臣の聴かざるを恐る。…

ブログというものに関しての雑感

ブログを始めてはや7年目に入っているわけだが、こうやって飽きもせずに書き続けているといろいろとうれしいこともある。もちろん、何かの弾みで急にアクセス数が延びてしまうとか、グーグルの検索順位で上の方に位置されるなんてのもうれしいには違いないが…

近藤紘子という人

先日、車を走らせていたときだ。近藤紘子という女性の名を初めて聞いた。そのラジオから聞こえてくるアナウンサーの声によってである。その際の説明によれば、近藤さんの父君は谷本清さんは、戦後の広島で平和のために牧師として尽力し、ジョン・ハーシーの…

9月1日に思う・・・6

もう一日だけ重苦しい話にお付き合いいただく・・・話題は再び折口信夫に戻る。 先に述べたように関東大震災の発生を折口信夫が知ったのは、沖縄への調査旅行の帰途である。神戸からの救護船に乗った折口は、3日に横浜港に到着。すぐさま深川の自宅へと向か…

9月1日に思う・・・5

この国の首都を未曽有のの災厄が襲ったあの日を思い出すべき9月1日から、重苦しい話ばかりが続いている。お付き合いいただいている皆様には実に申し訳ないのだがもう少しで終わる・・・最後までお付き合いいただきたい。 1923年9月1日11時58分32秒に東京を中…

9月1日に思う・・・4

関東大震災の際に殺されたのは「朝鮮人」だけではない。決して少なくはない日本人も、異常な状況下における狂気によってその貴い命を奪われた。そしてそんな狂気を・・・決して見逃すことなく巧妙に利用しようとする存在がある。 関東大震災の直後そのどさく…

9月1日に思う・・・3

昨日は世に言う関東大震災における朝鮮人虐殺の際に、不適切な言い方を恐れずに言えば「どさくさに紛れて」殺された「日本人」も少なからず存在したことを示す志賀直哉の一文を紹介した。さらにもう数例紹介したいと思う。 喧嘩はしばらく続いていた。すると…

9月1日に思う・・・2

9月2日であるが、物の勢いである。昨日の記事についてさらに思うことを付け加える。 昨日、折口信夫が関東大震災の際に、自警団と称する一団に囲まれ、彼等のターゲットであった「朝鮮人」に間違われ、多くの「朝鮮人」と同じように命を奪われかけた体験を詠…

9月1日に思う・・・1

國びとの心ウラさぶる世に値アひしより、 顔よき子らも、 頼まずなりぬ 大正十二年の地震の時、九月四日の夕方こゝ※1を通つて、私は下谷・根津の方へむかつた。自警團と偁する團体の人々が、刀を抜きそばめて私をとり圍んだ。その表情を忘れない。戦爭の時にも…

イノウエミチヤス?

井上通泰・・・ちょいと聞き慣れない名前かと思う。明治期に活躍した桂園派歌人で国文学者でもあり眼科医でもあった人だ。正しくは「ミチヤス」とその名を読むべきなのであろうが、一般には「ツウタイ」と読むことが多い。 父は儒者松岡操で姫路元塩町に生れ…

7月24日はブログ記念日

今日、7月24日は私がブログを始めた、ブログ記念日である。2番目の息子と誕生日と同じ日なので、この日付はそう忘れてしまうことはない。が、どうしてもすぐに思い出せないのが、今日のこの日が何年目に当たるのかである。今年も例によってどうにも思い出せ…

初めての体験

この2日・・・月曜日に私の人生で初めての体験をした。 その日の未明、何とも言えぬ胃部の不快感に目を覚ました私は、それから充分に寝付かれぬまま朝を迎えた。 食欲がない。元々、朝は食欲がないのが常である私ではあるが、この朝はいつにもまして食欲がな…

神保町に行く・・・

先日はついつい感情的になって、多くの方々の顰蹙を招きかねないことを書いてしまったので、今回はごくごく穏やかな内容を・・・若いころ・・・そう、まだ私が学生であった頃、或いは職についてほんの2,3年ぐらいの頃の事。私はしばしば東京は神田神保町の…

もう歌われない校歌

またあの日が近づいてきた・・・言うまでもない、私の生まれ育った町が昏く冷たい波濤に押し流されたあの日である。 もう4年もたつのか・・・との感慨が胸中を去来する。私は何も出来ずにただブラウン管に映し出される、我が郷里の惨状を食い入るように見つ…

余は如何にして三友亭主人と名のりし乎

冬になるとめっきり散歩をすることもなくなり、加えてお得意の寺社仏閣めぐりも間遠になってしまう。寒さゆえのことだが、そんな営みをブログネタとする私としては、冬場はネタ不足に苦しむ季節となる。そんな時期にこそ、少々調べてみたい、あるいは考えて…

新年のご挨拶

謹 賀 新 年 旧年中はふつつかな我がブログにお付き合いいただきまして、まことにありがとうございます。 年があらたまったとはいえ我が怠惰な性分は改善される見込みはございませんので、週1度ほどの更新のペースは改まらないかとは思いますが、気長にお付…

今年の人気記事ベスト10(笑)・・・この一年の締めくくりとして

2014年も終わりに近づいてきて、そろそろこの一年の締めくくりをなんていう時期になってきた。この一年、世の中を賑わした出来事などを振り返り、今年の10大ニュースなんてものを考えても良いのかな・・・なんて思い、どんなことがあったのかをちょいと思い…

朋あり遠方より来る また楽しからずや

その勢力の強さから、多大な被害も心配された台風19号も大和の地においてはさしたる悪さをすることもなく遠ざかっていったようであるが、朝、通勤の途次大神神社の参道を通りかか ったら下のような光景が見られた。 大神神社の参道は、大雨が降ったときにそ…

7月24日はブログ記念日

今日、7月24日でこのブログは7年目を迎えることになる。ということは、私がこうやって愚にもつかぬ文章をみなさんにお目にかけるようになって、まるまる6年がたったと言うことだ。飽きっぽい私がこうやって一つのことを6年間も続けられた事は、実に驚嘆すべ…

お騒がせしました。

昨日は「ちょいと困っている」なんて記事を書いて皆さんにお手を煩わせた。 さっそくお知恵を貸していただいたSatoshi Nakagawaさんや只野乙山さん、本当にありがとうございました。私自身、こうやってブログを書くようになって6年、一時はWebSiteを立ち上…

ちょいと困っている

ちょいと困っていることがある。 先日お話した通り、「桜井の万葉」と題して、私の住む奈良県桜井市を舞台とした万葉歌の一覧を作成中なのであるが・・・そこでのことだ。 この「桜井の万葉」では、大きなくくりで市内の地名のページを設け、さらにその中で…

新年のご挨拶

なんとなく、左右のバランスが悪いが、大神神社二の鳥居前に飾られている門松である。私の背丈の倍ほどもあるような巨大な門松ではあるが、左右の枝の張りの違いには何か意味があるのだろうか・・・よく分からないのだが、そんな加減もあって二つを並べると…

顔よき子らも、 頼まずなりぬ

今日は年末恒例の人間ドッグ。昨夜は酒も飲まず、午後8時以降は固形物の一切を入れず我慢の良い子。朝は早くから朝食もとらずに電車に乗り込み病院へ・・・。まだ簡易の結果ながら、我慢の甲斐もあって少々(?)太りすぎという点を除けば、まずまず良好。帰…

珍客訪問

先週末の夜のことである。我が家にそれはそれは珍しいお客さんがやってきた。 子供たちは例によって2階の自室に引きこもり、妻は所用にて外出。私は今で一人テレビを見ていた。私がのどの渇きを潤すために冷蔵庫の冷やしてあるミネラルウオーター(これがビ…

大阪市立美術館にて・・・ボストン美術館展

なんともまあ愛嬌のあるお顔立ちの龍である。その目の持つ、ちょっと困ったような表情が見る者の微笑みを誘う。鬼才、蘇我蕭白(ショウハク)描くところの、「雲竜図」である。 かようなるユーモラスな雲竜ではあるが、その規模たるや縦165.6cm、横135.0cmの…

故郷に咲いていた花

なんともできの悪い写真である。何を撮ろうとしたのか自分でもわからぬほど漫然とした構図である。しかもピンボケ・・・皆さんにあえてお目にかける値打のないような写真である。けれども、私にとっては以前紹介した、これまたピンボケの と同じぐらい大切な…

英語は大切・・・?

今、このブログは「WordPress」というプログラムを用いて、いくばくかの代金を支払いサーバーを借りて営んでいる。お金を払ってまで続ける値打ちのあるブログかと聞かれればなんとも返答ができないのが情けないことだが、まあそんなブログにも数人の奇特なお…

2012年卒業式式辞再述

当ブログはごらんの通りの過疎ブログで、おいでになる方は日に3~40人というのがトータルな数字である。そんなブログでもいくつかのアクセス解析のサービスを導入しており(こんなに少ないんだからそんなことをしなくたっていいようなものだが)、それぞれの…

老眼鏡・・・

私のブログにお出で戴いている皆さんはどちらかといえばご高齢(失礼 でも「どちらかといえば」なのでおゆるしを・・・)なので、少なからぬ方々が眼鏡のお世話になっていることと思う。それも近眼鏡ではない方のやつだ・・・・ かく言う私も今はこいつのお…

被災の里の狛犬

2011年9月、私はあの3.11以来初めて我が郷里を訪ねた。宮城県桃生郡鳴瀬町野蒜(東松島市野蒜)の地を・・・その時の一連の報告は「被災の里へ」にすべてを書いた。其の何回目かの記事で、今は完全な廃墟となった白髭神社についてレポートした。その時に、そ…

2013年・・・初詣

三輪の地に暮らし始めて、初詣は大神(オオミワ)神社というのがおきまりになった。ここ20数年というもの、元日の・・・あるいは、三が日のいずれの日かは、家族連れだって必ずその神前で手を合わせてきた。けれども、大みそかのうちに神社まで出かけ、年明けの…

新年のご挨拶

長いものがお好きでない方には極めて刺激的なご挨拶になってしまったが、なんせ今年の干支であるからしてやむを得ない。大神神社の本殿の横に飾られた有難い絵なので、心してご鑑賞いただきたい。・・・と、にべもないご挨拶から始まってしまったが、何もそ…

花は咲く・・・2012の総括に代えて

2012年も、あと1週間と押し詰まり、このあたりでこの一年の総括をと思う。 この1年、私に会った大きな変化はと言えば、7年間勤務した前の職場から、今の職場へと移ったことがある。この春から大和高原西部に位置する都祁が我が職場となった。都祁は市町村合…

ちょいと報告します

今日は所要があって昼過ぎから奈良の県庁へ出かけた。昼食を食べすぎたせいか、やや眠たい思いで所要を果たす。せっかくここに来たのだから屋上に上らない手はない。 もちろん鞄にしのばせたカメラを持ってである。 ・・・カメラ? 三友亭は何時も携帯電話の…

空が青いから・・・

この週末はちょっと風変わりな場所に出かけた。その場所にたどり着くとまず目に入るのは、その歴史の古さを感じさせる重厚な煉瓦造りの壁面である。 右を向いても 左をみても延々と赤みを帯びた褐色の壁は続いている。 はて・・・と何かお感じになられた方も…

7月24日はブログ記念日

どこかで聞いたことのあるようなタイトルになってしまったが、今日7月24日は、我が息子の誕生日であるとともに、いまから4年前、私がブログというものを始めた記念日でもある。これといった考えもなくブログを始めたが故、ブログ名すら満足に考えず、ハンド…

携帯電話に寄せて(後)

携帯電話が普及して世の中はどう変わったのか、それが前回の記事を受けた今回の記事のテーマとなる。しかしながら、これから私が述べようとしているのは私の個人的な感慨であり、社会の変化を客観的に眺めてどうのこうのといったレベルの話ではない。そんな…

携帯電話に寄せて(前)

2011年度の出荷比率を見ると、全携帯電話に対するスマートフォンの比率が49%だという。ほぼ、半数と言える数値になっているが、もちろん、この数値は出荷比率であって、使用されている全携帯電話に対する比率ではない。けれどもそれとて今や4分の1という高…

同窓会のことなど・・・

昨日は私の母校の、関西に在住者の同窓会であった。始まってから34回目になるこの集まりには私もかなり早くから参加していた。毎年というわけにはいかないが、なるべくは日程を調整し参加するようにしている。上は齢80を越えた方から、下は私の少し下まで(…

あの日(3.11)・・・その日の私2

私にはどうにも物事を楽観的に考えすぎる傾向がある。というよりも、おのれに突きつけられた現実をそのまま受け止めるだけの強さがないだけで、ようは現実をそのまま受け止めるという行為に付帯する様々な困難から違うところに身を置いていたいという怠惰な…

卒業式に思う

私の住む大和の隣の府では、来賓として祝辞を求められていながら、「ごめんなさい。」とあやまる府会議員がいたり、起立した教員の口元が動いているかいないかをじっと見つめるような教頭先生たちがいたりで、「卒業式」が何かと話題だから、ちょいと思うと…

あの日(3.11)・・・その日の私1

・・・そろそろ語り始めなければならない・・・ http://soramitu.net/zakki/?p=1334 ・・・と、先日述べたようにあの日から1年たった今、あの日・・・3月11日・・・について自分なりに整理をつけて行こうと思う。そうなると、まず手始めに自分自身のことから…

あの日(3.11)・・・はじめに

本来ならばこれから私が書こうとしていることは、昨日(3月11日)にお示しするべき事柄だったのかも知れない。けれどもこの週末のマスメディアを挙げての「お祭り騒ぎ」に乗じたくないという思いが私にはあった。 ところで、今、私は「祭り」という言葉を用…

2012・卒業式式辞

今日はちょいとずるい記事になるが・・・ 私の母校は石巻にある。被災の地石巻でも標高の高い位置にあったわが母校の後輩たちはその学窓から自分たちの町が流されてゆくのを見ていた。なすすべもなかった・・・もちろん、それによりそう教師たちもしかりであ…