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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

高天彦神社に行く

6時40分・・・いつもなら私はこの時間に家を出て、東に向かう。職場に着くのがだいたい40分後・・・であるのだが、その日は少々違っていた。車のエンジンが回り始めたのが7時過ぎ、しかも向かうのは山の盆地の西端、金剛山・葛城山の麓にある御所市・・・仕…

法隆寺に行く・・・8

夢殿を後にして私が向かうのは、先ほど後回しにしておいて大宝蔵院。途中、先ほど大宝蔵院に入って行った修学旅行に中学生の集団とすれ違った。どうやら私の作戦はうまいこと行ったようである。 大宝蔵院は南北に細長い建物が東西に一対並んでいる。そしてそ…

法隆寺に行く・・・7

前回も述べたように、法隆寺東院伽藍の中核的な堂宇は、この夢殿である。 聖徳太子が暮らしていた斑鳩の宮跡にこれらの堂宇が立てられたことは、前回に述べた如くである。ご覧の通りの八角円堂で天平9年(737)から11年(739)くらいにかけての建築物ではな…

法隆寺に行く・・・6

続いて行くべきは大宝蔵院、そしてその北端に位置する百済観音堂である。ここには日本史の教科書でおなじみの百済観音や玉虫厨子をはじめとした、この寺の所蔵する国宝や重要文化財がずらりと展示されている。法隆寺までやってきてここに入らない手はない・…

馬と鹿の話

法隆寺についての報告を数日続けている。その終了まであと二日はかかるかと思うのだが、今日は趣向を変えてみたい。というより、今日はどうしても司馬遷のこの一文を皆さんにお読みいただきたくて仕方ない。 趙高、乱を為さんと欲し、群臣の聴かざるを恐る。…

法隆寺に行く・・・5

大講堂の薬師三尊像と四天王像をお参りした後は、西院伽藍の南東の隅にある出口からすぐ隣にある聖霊院へと向かう。西院伽藍とその外を画する回廊のにしたがってゆっくりと南へ歩く。緩やかな曲線を描くエンタシスの円柱が一列に並んだ様の美しさはこの上も…

法隆寺に行く・・・4

五重塔を見上げ、その遙か彼方の虚空を見つめながら、しばし天上界に思いを馳せた後は亀井勝一郎が「地に伏す姿を与えられ」た金堂と講堂へ向かう。 まずは金堂。ここにいらっしゃるのは言わずと知れた金銅釈迦三尊像。聖徳太子のために作られたというこの御…

法隆寺に行く・・・3

法隆寺に行くのはもう・・・5年ぶりどころではないであろう。 ・・・こんなふうに先日の記事では書いたが、ふと気になって調べてみた。以前も法隆寺を拝観したときの記録をみなさんにご紹介したことがあったのでその日付を調べてみた。5月5日、子どもの日…

法隆寺に行く・・・2

南大門をくぐり抜け、きれいに掃き清められた参道をまっすぐに進む。晴れ渡った秋空はあくまで清々しく、これから御仏を詣ろうとする私の世塵を祓い去ってくれるような青さだ。南大門から参道はほぼ100m、そう高くはない石段を登り、ほどなく中門に突き当た…

法隆寺に行く・・・1

本当に久しぶりである・・・法隆寺に行った。 なにも奈良に暮らしているからと言って、そんなに度々法隆寺に行ったり、大仏様にお目にかかっているわけではない。私などはそういう機会が多めの方に入るかとは思うが、それでも法隆寺に行くのはもう・・・5年…

今週の三輪山・・・上ノ庄交差点北方より

2015年9月12日8時50分 9月に入ってすっきりしない日が続いていたので、久しぶりに青い空の下の三輪山を、昨日、今日とみることが出来た。関東や東北では大変な天気が続き、昨日はその雲が薄氷堂さんの住む釧路まで襲う・・・という状況であったが、私の住む…

あたかちゃんて知ってます?

奈良県在住の方以外はおそらくご存じないと確信してはいるのだが念のためのお聞きする。 みなさんはあたかちゃんというゆるキャラの存在をご存じだろうか? 奈良県在住の人間だっておそらくは知らない人の方が多いかと思うこのゆるキャラ、奈良県外にお住ま…

暁と 夜鴉鳴けど

暁あかときと 夜鴉よがらす鳴けど この森の 木末こぬれの上は いまだ静けし もう暁だよ、と夜鴉が鳴くので、しぶしぶ愛しいあのこの家を出てきたが、振り返り見れば裏山の森の梢の鳥たちは、まだ静かなままじゃあないか。 万葉集・巻七・1263 東の空が白々と…

ブログというものに関しての雑感

ブログを始めてはや7年目に入っているわけだが、こうやって飽きもせずに書き続けているといろいろとうれしいこともある。もちろん、何かの弾みで急にアクセス数が延びてしまうとか、グーグルの検索順位で上の方に位置されるなんてのもうれしいには違いないが…

近藤紘子という人

先日、車を走らせていたときだ。近藤紘子という女性の名を初めて聞いた。そのラジオから聞こえてくるアナウンサーの声によってである。その際の説明によれば、近藤さんの父君は谷本清さんは、戦後の広島で平和のために牧師として尽力し、ジョン・ハーシーの…

今週の三輪山・・・巻向川の畔より

2015年8月28日午前50分 久しぶりの「今週の三輪山」である。撮影場所は巻向川と上街道(上ツ道)が交わるあたり。道の先に見える橋を通る道が上街道である。前の夜は雨が降っていて、その雲がまだ残っている。ただし・・・その割には巻向川の水量は乏しく、…

9月1日に思う・・・6

もう一日だけ重苦しい話にお付き合いいただく・・・話題は再び折口信夫に戻る。 先に述べたように関東大震災の発生を折口信夫が知ったのは、沖縄への調査旅行の帰途である。神戸からの救護船に乗った折口は、3日に横浜港に到着。すぐさま深川の自宅へと向か…

9月1日に思う・・・5

この国の首都を未曽有のの災厄が襲ったあの日を思い出すべき9月1日から、重苦しい話ばかりが続いている。お付き合いいただいている皆様には実に申し訳ないのだがもう少しで終わる・・・最後までお付き合いいただきたい。 1923年9月1日11時58分32秒に東京を中…

9月1日に思う・・・4

関東大震災の際に殺されたのは「朝鮮人」だけではない。決して少なくはない日本人も、異常な状況下における狂気によってその貴い命を奪われた。そしてそんな狂気を・・・決して見逃すことなく巧妙に利用しようとする存在がある。 関東大震災の直後そのどさく…

9月1日に思う・・・3

昨日は世に言う関東大震災における朝鮮人虐殺の際に、不適切な言い方を恐れずに言えば「どさくさに紛れて」殺された「日本人」も少なからず存在したことを示す志賀直哉の一文を紹介した。さらにもう数例紹介したいと思う。 喧嘩はしばらく続いていた。すると…

9月1日に思う・・・2

9月2日であるが、物の勢いである。昨日の記事についてさらに思うことを付け加える。 昨日、折口信夫が関東大震災の際に、自警団と称する一団に囲まれ、彼等のターゲットであった「朝鮮人」に間違われ、多くの「朝鮮人」と同じように命を奪われかけた体験を詠…

9月1日に思う・・・1

國びとの心ウラさぶる世に値アひしより、 顔よき子らも、 頼まずなりぬ 大正十二年の地震の時、九月四日の夕方こゝ※1を通つて、私は下谷・根津の方へむかつた。自警團と偁する團体の人々が、刀を抜きそばめて私をとり圍んだ。その表情を忘れない。戦爭の時にも…

「雲の墓標」と「春の城」

8月の始めであったか、1つの訃報を新聞で目にした。小説家阿川弘之氏の逝去を知らせるものであった。 海軍体験を通して戦争を描いた「暗い波濤」や「山本五十六」などの作品で知られる作家の阿川弘之さんが3日、老衰のため東京都内の病院で死去した。94歳…

桃源郷へ・・・

この先にいったいどんな空間が開けてくるのか・・・まるで異界へと通じる通路のようなトンネルを私は一歩一歩進んでいた。 いささか大げさな物言いになってしまったが、そんな感覚に襲われていたのは確かであった。 私は盆明けの日曜日、焼き物の里信楽にあ…

銘酒 日高見

郷里の宮城に住む叔母が一本送ってくれた。酩酒「日高見」の夏吟醸である。 日頃このブログの中では郷里の酒として、「浦霞」のことばかり話しているが、何も宮城の酒は「浦霞」だけではない。他に幾つだっていい酒はある。 奈良ではなかなか手に入りにくい…

続 円成寺に行く

駐車場から道を渡り、深い木立の中に続く道へと入る。 木立の間に寺の堂塔の一部がちらちらと見え隠れする。初めてこの寺を訪れる私の期待は少しずつたかまって行く。盛夏はもうそこまで近づいているというのに、この心地よい空気はどうだ・・・滴るような緑…

円成寺に行く

連日の猛暑の中、どこに行く気もしない。せっかくの休日も部屋の冷房を離れることが出来ず、一日中家の中でゴロゴロしている。 ということで、今日ご紹介するのは先月の何時だったかの週末に訪れた円成寺。私がここを訪れたのは、まだ紫陽花の盛りの頃の週末…

イノウエミチヤス?

井上通泰・・・ちょいと聞き慣れない名前かと思う。明治期に活躍した桂園派歌人で国文学者でもあり眼科医でもあった人だ。正しくは「ミチヤス」とその名を読むべきなのであろうが、一般には「ツウタイ」と読むことが多い。 父は儒者松岡操で姫路元塩町に生れ…

今週の三輪山・・・上ノ庄交差点北方より

2015年7月30日午前6時10分 三輪山の山上に控えめに光を放っているのは、上りくる朝日であって決して月ではない。上に示した日時によってまさかお間違いはないかと思うが念のために・・・ この朝は早くから家を出て、この写真はそこから家に帰る途中のもの。…

少々アカデミックに

6月から7月にかけて、少々アカデミックな時間を過ごした。この国の古代に関わってお二人の研究者のお話を聞くことが出来た。その二つのお話とは、 「道が語る古代史ー古代道路の謎」 近江俊秀 フツノミタマとフツヌシの神─石上・香取・国譲り神話をからめて─…

7月24日はブログ記念日

今日、7月24日は私がブログを始めた、ブログ記念日である。2番目の息子と誕生日と同じ日なので、この日付はそう忘れてしまうことはない。が、どうしてもすぐに思い出せないのが、今日のこの日が何年目に当たるのかである。今年も例によってどうにも思い出せ…

続々多神社余話・・・これで終わりです

2週にわたって私のあらぬ妄想にお付き合いいただき恐悦至極である。今回で多神社に関わっての世迷言は終わりであるのでもう少しだけお付き合い願えれば幸いである。 さて前々回・前回と多神社の位置について、その祭祀を代々に渡って受け継いできた多氏の始…

続多神社余話

前回はかなり怪しげな私の妄想にお付き合いいただいた。今回もついでのことであるから、もう少し妄想にお付き合いいただきたいと思う。充分に眉に唾をつけてお読みとばしいただければ幸いである。 例の「太陽の道」云々の有無についてはともかく、多の地が南…

今週の三輪山・・・多神社余話

撮影日失念 来る日も来る日もうっとおしい梅雨空が続いていたせいで、最近「今週の三輪山」と題して、週に1回ずつお届けしていた記事がとんとご無沙汰になっている。あまり間が開いてもいけないと思うが、これはと思うような写真が撮れないのだから仕方がな…

今週の三輪山・・・多神社余話

撮影日失念 来る日も来る日もうっとおしい梅雨空が続いていたせいで、最近「今週の三輪山」と題して、週に1回ずつお届けしていた記事がとんとご無沙汰になっている。あまり間が開いてもいけないと思うが、これはと思うような写真が撮れないのだから仕方がな…

多神社に行く

多武峰とおのみねと音羽おとわ山(万葉集では倉橋山)が織りなす渓谷をその源とする寺川と、同じく多武峰の西の斜面にある高家たいえを水源とする米川は、途中いくつかの小河川を合流しながら桜井市から橿原市へと流れ、冥途の飛脚で有名な新口にのくち村(…

多神社に行く

多武峰とおのみねと音羽おとわ山(万葉集では倉橋山)が織りなす渓谷をその源とする寺川と、同じく多武峰の西の斜面にある高家たいえを水源とする米川は、途中いくつかの小河川を合流しながら桜井市から橿原市へと流れ、冥途の飛脚で有名な新口にのくち村(…

山辺の道1日旅行・・・11

5月9日に行われた万葉学会主催の徒歩旅行についてのレポートがまだ終わらない。開催されてからもうふた月もたとうというのだから、そろそろいい加減にしなければならないとは思うのだが遅々として進まない。あと少しの所まで来ているのだが・・・まあ、なん…

山辺の道1日旅行・・・11

5月9日に行われた万葉学会主催の徒歩旅行についてのレポートがまだ終わらない。開催されてからもうふた月もたとうというのだから、そろそろいい加減にしなければならないとは思うのだが遅々として進まない。あと少しの所まで来ているのだが・・・まあ、なん…

今週の三輪山・・・矢田丘陵中腹より

2015年12時50分 今日は仕事の加減で奈良北部の矢田丘陵にある施設で1日中の会議。お昼休みの貴重なひとときを惜しんで、盆地の反対側にある三輪山を撮影した。 しかしながら、我が携帯電話の性能ではこれが限界どこが三輪山やらわかったものではない。そこで…

今週の三輪山・・・矢田丘陵中腹より

2015年12時50分 今日は仕事の加減で奈良北部の矢田丘陵にある施設で1日中の会議。お昼休みの貴重なひとときを惜しんで、盆地の反対側にある三輪山を撮影した。 しかしながら、我が携帯電話の性能ではこれが限界どこが三輪山やらわかったものではない。そこで…

山辺の道1日旅行・・・10

昼食をとる予定の白毫寺は宅春日神社から徒歩10分あまり。静かな静かな白毫寺町の街並みを東へと向かった先にある。道の突き当りに幅の狭いコンクリートの階段がある。そしてそれは途中から古びた石段に変わり、そこを上り詰めれば百毫寺である。 そう楽では…

今週の三輪山・・・自宅勝手口より

2015年6月24日5時15分 本当に久しぶりの「今週の三輪山」である。梅雨空が続き、なかなかいい画が撮れなかったからだ。 むろん、梅雨空と言ってもそんなに毎日雨ばかりが続くわけでもないし、三輪山のその間ほとんど姿を見せてはいたのだが、なんとなく毎日…

山辺の道1日旅行・・・9

新薬師寺を後にした私たちは昼食をとる予定の白豪寺へと向かう。白豪寺町の少々古びた町中を歩いていると、その町なかを東西に抜けるささやかな流れが目に入ってきた。 両岸はきれいに護岸されていて、いにしえを偲ぶには決してふさわしいとは思えぬ風情であ…

山辺の道1日旅行・・・8

鏡神社に隣接して新薬師寺はある。 山門前に止められてある自転車はレンタサイクルと見受けた。奈良観光のお二人のものかと思われるが、こういった光景はなんとなくこの古寺に対する親しみを感じさせるものである。 新薬師寺は現在華厳宗の寺院である。本尊…

山辺の道1日旅行・・・7

赤穂神社は狭い。総勢80名におよぼうかとするこの日の一行が何時までもゆっくりできる場所ではない。一通りのレクチャーを受けた後はさっさと次の目的地へと出発する。次の目的地は鏡神社。新薬師寺と入江泰吉記念奈良市立写真美術館の間にある鏡神社である…

山辺の道1日旅行・・・6

春日大社若宮にて今から1300年前におそらくはこの地にて旅の無事を祈った若き阿倍仲麻呂に思いを馳せた後、社前から南に延びる森中の道を行く。 春日大社の南に広がる蒼然たる木立の向こうには、昔から春日大社の禰宜ねぎたちが住まいを為した高畑町がある。…

神は馳す藤原京・・・改

先日は皆様に次のような詩をご紹介した 翹首望東瀛 神馳藤原京 香具洛陽乖 世代傳友情 首を翹ああげて東瀛とうえいを望めば 神こころは馳す藤原京 香具洛陽は乖はなれたれども 世代友情を傳つたふ ただしその時は転句の最後の文字 を「乗」と判読しその意を…

神は馳す藤原京

これは現在大和三山の一つ、天の香具山にある洛陽牡丹園の横に設置されている石碑である。 洛陽牡丹園の由来は、橿原市にかつて位置していた藤原京が、長安や洛陽をモデルとして造営されたという説(「周礼」にある理想の都がその源流にあるとの説が近年唱え…

今週の三輪山・・・粟殿ショッピングセンター趾

2015年5月30日17時30分 [caption id="attachment_6598" align="alignnone" width="640"] 2015530三輪山[/caption] なにやら、荒れ野の向こうに三輪山が見える。なんとも荒涼とした光景だが昔からそうであったわけではない。ここにはかつて「ニチイ」と呼ばれ…