大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

今週の三輪山・・・箸墓より

2015年11月16日6時45分 家を出た時には朝霧で三輪山は見えていなかった。 けれども上街道(上つ道)を北上し、箸墓にさしかかった頃三輪山は姿を見せてくれた。その背後に日輪の朱をほのかに見せながら・・・北に並ぶ巻向山や竜王連山はまだ霧に隠れたままで…

味酒 三輪の御山の酒祭り・・・前置き

三輪の枕詞は「味酒うまざけ」である。「みわ」なる語は萬葉集巻十三の3229に 斎串いぐし立て みわ据ゑ奉る 祝部はふりへが うずの玉かげ見ればともしも の傍線部「みわ」が原文では「神酒」と表記されている例や、和名抄にも「神酒」に「美和みわ」との訓み…

大伴旅人と藤原房前・・・捕逸

5回にわたって奈良朝前期における藤原氏と大伴氏の関係について、思うところをくだくだしいまでに述べてきた。ここまでお付き合い願えた方には本当に何とお礼を申し上げて良いか分からないが、そこには従来いわれているような新勢力と旧勢力との反目や排除し…

お散歩・・・2015/11/7

あと一回で七面倒くさい文章にお付き合いいただくことも終わるのかと思うが、その最後の一回が結構難物で時間がかかっている。ということで、今日はお気楽なものを・・・ということで、久しぶりのお散歩。 コースはいつも通りの大神神社。 毎度おなじみの大…

大伴旅人と藤原房前・・・5

長く際限のない妄想にお付き合いいただいている。はじめは2回ぐらいで終わってしまう予定であったが、書くほどに妄想は広がり皆さんにはダラダラとした戯言にお付き合いいただいている。それもあと2回ほどで終わりそうになってきた。またかとお思いであろう…

今週の三輪山・・・巻向川のほとりより

2015年10月26日6時45分 撮影したのは巻向川と上つ道(上街道)の交わった橋の畔の用水池の土手。 ここから見える三輪山は、けっこうお気に入り。今は周囲の木々からの落葉が多いため水面にはいろいろと浮かんでいて、今一つの感じがあるが、もう少し経つとそ…

大伴旅人と藤原房前・・・4

鎌足に続いて藤原氏で名をなすのはご存じ藤原不比等である。不比等は鎌足の第2子。11歳の時、父鎌足が死去し、有力な後ろ盾を持たずに出仕した不比等は下級官人からのスタートを余儀なくされた。阿閉皇女(後の元明天皇)付き女官で持統末年頃から不比等と婚…

大伴旅人と藤原房前・・・3

前回は、この度私が話題として取り上げている藤原氏と大伴氏の関係について、さらには大伴旅人の筑紫下向の意味について林田正男氏の御論文を援用しつつ、この件に関して奈良時代前期の政治的状況について、従来いわれているような長屋王を中心とした旧勢力…

大伴旅人と藤原房前・・・2

前回の記事において私は通常行われている奈良時代前半の最大の政変である長屋王の変についての、 不比等死後、長屋王に政権を奪われた藤原4兄弟は、聖武天皇夫人光明子を皇后にしようと画策していたが、皇族以外からの皇族以外からの皇后は前例がないとして…

大伴旅人と藤原房前・・・1

前回の記事では時の大宰帥だざいのそち(大宰府長官)大伴旅人と中衛府大将藤原房前の間に交わされた心温まる贈答を紹介した。そしてその末尾に、この贈答にいささかの疑念が私にはあり、以降の記事においてこの疑念に対しての私なりの理解を開陳してみたい…

大伴淡等謹状  梧桐日本琴一面

かなり以前・・・万葉短歌僻読が虚見津という名で更新されていた頃、以下のような記事を載せ、天平の初年、大伴旅人と藤原房前の間で行われた、心温まる交流を紹介したことがある。この記事は虚見津を改訂する形で万葉短歌僻読というブログを立ち上げた時に…

今週の三輪山・・・大美和展望台より

2015年10月3日9:00 久しぶりのお散歩である。朝の空気は冷え冷えとして実に心地よい。コースはいつもの通り。家の裏手にある坂道を上り、平等寺のところを左に曲がり大神神社へ・・・ 写真はその坂道の途中で撮ったもの。背後の白い壁の家は、いつもおいでく…

満願成就

既にお気づきのことかと思うが、ここのところ1日も休むことなく記事の更新を続けている。週に1度か2度のペースで更新を続けてきた本ブログとしては破格のハイペースである。私がこんなペースでいつまでも続けられるわけではないことは、いつもおいでくだ…

元興寺の鬼と不審ヶ辻子

先日、元興寺の鬼という説話を紹介した。今日はその鬼に関連した伝説を一つお届けする。その時の記事にもあったように元興寺は今、奈良町と呼ばれている地域にあるが、その奈良町内の不審ヶ辻子ふしんがづしという地名に関わる話だ。 その地名は、現在の奈良…

続続 お彼岸はお寺参り

昨日・・・9月27日、お彼岸は終わったのだが、この日もお寺参りをした。寺の名は般若寺。コスモスの寺として奈良県内では知れ渡ってはいるが、このブログで紹介するのはおそらく初めてのことかと思う。 ご覧の通りの立派な楼門がまず目に付くが、実はこの般…

9月27日の月の夜は・・・

今日は9月27日、旧暦で言えば8月15日。仲秋の名月た。 ということで、昨年に引き続き大神神社の観月祭に出かける。昼の内から様々な催し(句会・茶会等)がなされているのだが、私が行ったのは夕刻6時半から行われる観月祭。神楽や舞楽の奉納、雅楽演奏など…

元興寺の鬼

昨日は彼岸の中日、元興寺をお参りした話をした。もうこの時期に元興寺を参るのは3年目になる(むろん、そこには季節の花々を眺めるという目的があるのだが・・・)。そんな時いつもこの寺で「?」と思っていたのが、これらの像である。 お寺の境内に・・・…

続 お彼岸は寺参り

23日は彼岸の中日、前日の飛鳥寺に続いて奈良町にある元興寺にお参りをした。なかなか信仰深いことである。 昨日は飛鳥寺について 飛鳥寺・・・現在、正しくは現在は安居院と呼ばれているこの寺は、かつて正しくは法興寺・元興寺とも呼ばれた。 と紹介したが…

お彼岸は寺参り・・・

9月22日、確か去年も今頃、この場所に来ていた・・・薄氷堂さんと一緒にである(調べてみたら9月23日だった)。 そう・・・飛鳥寺である。 私は郷里を離れて暮らしているため、彼岸だからといって容易に墓参りに行くことは能わぬ。妻方の墓参りと言っても、…

続高天彦神社に行く

高天彦神社の祭神は高御産巣日神たかみむすびのかみ、市杵嶋姫命いちきしまひめのみこと、菅原道真公。主祭神は高皇産霊神。『古事記』によれば、天地開闢の時、天之御中主神あめのみなかぬしのかみについで神産巣日神かみむすびのかみとともに高天原に出現…

高天彦神社に行く

6時40分・・・いつもなら私はこの時間に家を出て、東に向かう。職場に着くのがだいたい40分後・・・であるのだが、その日は少々違っていた。車のエンジンが回り始めたのが7時過ぎ、しかも向かうのは山の盆地の西端、金剛山・葛城山の麓にある御所市・・・仕…

法隆寺に行く・・・8

夢殿を後にして私が向かうのは、先ほど後回しにしておいて大宝蔵院。途中、先ほど大宝蔵院に入って行った修学旅行に中学生の集団とすれ違った。どうやら私の作戦はうまいこと行ったようである。 大宝蔵院は南北に細長い建物が東西に一対並んでいる。そしてそ…

法隆寺に行く・・・7

前回も述べたように、法隆寺東院伽藍の中核的な堂宇は、この夢殿である。 聖徳太子が暮らしていた斑鳩の宮跡にこれらの堂宇が立てられたことは、前回に述べた如くである。ご覧の通りの八角円堂で天平9年(737)から11年(739)くらいにかけての建築物ではな…

法隆寺に行く・・・6

続いて行くべきは大宝蔵院、そしてその北端に位置する百済観音堂である。ここには日本史の教科書でおなじみの百済観音や玉虫厨子をはじめとした、この寺の所蔵する国宝や重要文化財がずらりと展示されている。法隆寺までやってきてここに入らない手はない・…

馬と鹿の話

法隆寺についての報告を数日続けている。その終了まであと二日はかかるかと思うのだが、今日は趣向を変えてみたい。というより、今日はどうしても司馬遷のこの一文を皆さんにお読みいただきたくて仕方ない。 趙高、乱を為さんと欲し、群臣の聴かざるを恐る。…

法隆寺に行く・・・5

大講堂の薬師三尊像と四天王像をお参りした後は、西院伽藍の南東の隅にある出口からすぐ隣にある聖霊院へと向かう。西院伽藍とその外を画する回廊のにしたがってゆっくりと南へ歩く。緩やかな曲線を描くエンタシスの円柱が一列に並んだ様の美しさはこの上も…

法隆寺に行く・・・4

五重塔を見上げ、その遙か彼方の虚空を見つめながら、しばし天上界に思いを馳せた後は亀井勝一郎が「地に伏す姿を与えられ」た金堂と講堂へ向かう。 まずは金堂。ここにいらっしゃるのは言わずと知れた金銅釈迦三尊像。聖徳太子のために作られたというこの御…

法隆寺に行く・・・3

法隆寺に行くのはもう・・・5年ぶりどころではないであろう。 ・・・こんなふうに先日の記事では書いたが、ふと気になって調べてみた。以前も法隆寺を拝観したときの記録をみなさんにご紹介したことがあったのでその日付を調べてみた。5月5日、子どもの日…

法隆寺に行く・・・2

南大門をくぐり抜け、きれいに掃き清められた参道をまっすぐに進む。晴れ渡った秋空はあくまで清々しく、これから御仏を詣ろうとする私の世塵を祓い去ってくれるような青さだ。南大門から参道はほぼ100m、そう高くはない石段を登り、ほどなく中門に突き当た…

法隆寺に行く・・・1

本当に久しぶりである・・・法隆寺に行った。 なにも奈良に暮らしているからと言って、そんなに度々法隆寺に行ったり、大仏様にお目にかかっているわけではない。私などはそういう機会が多めの方に入るかとは思うが、それでも法隆寺に行くのはもう・・・5年…