大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

行って見たいところ・・・追分温泉2

・・・前回に続く・・・

何度も何度も道はうねり、次第に細くなってゆく。まだ幼かった私たちの不安はいや増しに増す・・・そして、私たちの目に入ってきたのは幾棟かの古ぼけた建物。当時私の家は慶応年間の築というかなり年季の灰いた代物だったが、そんな家に住んでいた私にとってもこれは古い・・・と思わせるような建物がいくつか並んでいた。

追分温泉・・・だ。

今迄、道に従って流れていた小川をまたぐ橋を渡り、その建物群の前に降りる。車のトランクにに積んであった荷物を持って部屋へと向かう。自炊するための器具、布団は自前、加えて長期滞在という条件もあいまってかなりの荷物であった。

4畳半ほどの部屋がふたつ。これがしばらくの間、私と友人二人、そして祖母が生活を共にする空間であった。

全ての荷物を部屋に運び込んだ。祖母は荷物をほどき整理にかかる。私と友人は父に従って宿の帳場に向かう。炬燵とテレビを借りるためだ。父がそれらの貸し出しの手続きをしているとき、祖母が帳簿にやってきた。帳場は売店も兼ねていて、生活に必要な日用品はある程度そろえていた。祖母は食器の洗剤を求めに来たのだった。先ほど購入したばかりの鍋と薬缶を洗うためだ。

祖母は必要なものを購入し、そそくさと部屋に戻る。私たちはテレビ(白黒14型)とホーム炬燵の一セットを以て部屋に向かった。そう長くない廊下から外の景色が見える。ここに来るまでに辿ってきた道。その手前には小川。向こうには切り立った山々。冷たい風が吹いているのが手に取るように感じられた。はらはらと雪が舞っていたように覚えている。

部屋に戻ると祖母は洗い場に出ていていなかった。テレビ、炬燵を所定の場所に設置した後私たちは持って来た漫画やおもちゃも所定(何が所定なのかわからないが・・・)の場所に置いた。祖母が洗い場から帰ってくる。これから昼食を作るから、それまで風呂に入って来いと祖母は言った。

せっかく温泉場までやってきてそのまま帰るのはもったいないという父に連れられて風呂場に向かう。風呂場は宿泊棟に比してかなり新しく、当時できたばかりのもののように思う。浴槽の広さは・・・そう小学生3人が泳ぐにはちょいと狭すぎたが、かといって狭すぎるというわけでもない。まあ、20人ぐらいは余裕を持って入れそうな広さである。泉質はラジウム泉。たしか冷泉を沸かしていたと記憶する。その際にも豊富な森林資源は有効利用されていたように記憶するが、これはあまり自信がない。ただ、山のように薪が積まれていたのは確かだったように思う。

私と友人たちは父にたしなめられながらも、仲の良い小学生が一緒に風呂に入れば誰でもそうするであろうであろうように充分にはしゃぎまわった。そしてひとしきりはしゃいだ後部屋に戻った私たちを迎えていたのは祖母の作った野菜がタップリ入ったインスタントラーメン(エースコックのワンタンメン)だ。大きな鍋にまとめて作ったものをそれぞれの御椀に自分で取り分けて食べる。

風呂に入り、暖かいラーメンを食し、体は充分に暖まった。外は冷たい風が吹きすぎていたとは思うが、そんなことは一切気にならない・・・そんなふうに思えた。「さて・・・」と言って父は立ち上がった。我々をこの湯治場に送り届け、昼食を済ませた父はこれから家に帰らなければならない。もちろんこれは私の中でもすでにおりこみ済みの行動ではあったが、いざ父が帰るとなると急にさびしくなった・・・そして、不安にもなった。

これから、何日ここでの生活が続くのであろうか・・・。父とも母とも離れ、祖母と二人の友人との生活はそれなりに楽しみでもあったが、両親から離れて暮らす寂しさと不安もそこには確かにあった。

そう広くはない駐車場を出た父の車は、ここに来た時にそうしたように小川にかかる橋を渡り(今度は逆に)、峠道に入った。山の稜線沿いに大きくうねった道を走る車はすぐにその姿を隠してしまった。

・・・続きはあるかもしれない・・・ないかもしれない・・・・