大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

あの日(3.11)・・・はじめに

本来ならばこれから私が書こうとしていることは、昨日(3月11日)にお示しするべき事柄だったのかも知れない。けれどもこの週末のマスメディアを挙げての「お祭り騒ぎ」に乗じたくないという思いが私にはあった。

ところで、今、私は「祭り」という言葉を用いた。多くの命が奪われたこの日に「祭り」という言葉使うことにいささか抵抗を感じないことはない。とはいえ、ここ数日のマスメディアのありようはその取り組みの真摯さを考慮に入れても、総体として私には「お祭り騒ぎ」としか映らなかった。そしてそこに私はなじみがたいものを感じていたのだ。

しかしながら・・・

視点を変えれば、「祭り」は「祭り」としてあながち否定しきれるものではないとも思う。「祭り」とは「祀り」であり、その目的は広い意味での「鎮魂」にある。

現在の日本において「鎮魂」なる語は死者の御魂を慰撫する儀式としてのみ受け取られてはいる。そして週末に国家あるいは地方公共団体によってさらにはマスメディアによって催された様々な「祭り」においても、その意味での鎮魂の意図は充分に持たれていたには違いない。

けれども鎮魂とは本来は荒ぶる神、鎮まらぬ御魂をなだめすかし、本来のあるべき状態に鎮める「タマシズメ」の儀式であると同時に、消耗し活力を失った御魂の再生を願う「タマフリ」の儀式でもあった。「タマシズメ」と「タマフリ」は一見相反するような概念ではあるが、「タマ」は本来あるべき場所に存在するのでなければ、その持てる力を発揮し得ないものであるから、その活力を奮い起こそうとするのならば、まず「タマ」を本来あるべき場所に鎮めなければならないというのが、古来この国の人々がその心性の奥底に保持し続けていた意識である。

だから、この国の人々のすべてが、1年前に失われた多くの御魂の鎮まらんことを願い、さらにはかけがえのない肉親や仲間をを失い、住むべき住居を失い、生きて行くたずきを失った被災の人々のその心が奮い立たんことを願う・・・そんな「祭り」がこの週末、国を挙げて行われることには何の異論もない。それどころかそうあるべきだとさえ思う。

である以上、この週末のマスメディアを通じての「お祭り騒ぎ」に対して私がどうしても同調し得ないことは、いささか矛盾を含んだ感慨であるともいえないことはない。私とて無念にも犠牲となった御魂が一刻も早くその安穏たる居場所に鎮まりたもうこと、そして打ちひしがれた人々の魂の奮い立たんことを切に祈る思いは余人に決してひけは取らぬつもりである。

しかるに、なぜ?

この「なぜ」を説明することは、今の私には困難としかいいようがない。こんなことを言っておきながらその説明を「困難」の一言で回避することは無責任なことだとは充分に承知はしているが、この思いが私の中で充分に整理し切れてはいないのだ。そして今後も整理しきれるような事柄だとも思えない。かといって、「同調し得ない」と言い放ったまま放置しておけるようなことでもない。この1年、被災の地を故郷として持つ私は、この厄災について多くを語ることはしなかった。これもまたこの厄災について見聞きした事柄が私の中で未消化であるからに他ならない。けれどもまたこれもいつまでも黙して済まされる事柄ではない。

そろそろ語り始めなければならない。

これといって何を書こうかという構想はない。自分でもどう整理していいのかわからないのだからそれも当然だ。行き当たりばったりの気まぐれな更新となることだろう。もしよければお付き合い願いたい・・・