大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

唐招提寺に行く・・・3

そして私はこの日の最大の目的地へ向かう・・・・

前回の記事を私は上の一文で結んでおいた。今になって読み返してみれば「最大の」なんて言葉は少々大げさすぎる。「本来の」と置き換えるべきであろうか・・・

というわけで、私は「本来の」目的地・・・御影堂の西にある供華園へと向かう。南大門・金堂・講堂は南北に一直線に配置されているが、その北への延長線上に御影堂供華園はある。

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躑躅の咲き誇る道を歩くこと暫し。御影堂を取り囲む清らかの土塀が見える。その東西の南面に門があるが普段は締め切られていてその中に入ることはできない。年に数度、ほんの限られた期間だけこの門は開かれ、私たちはその中に入る事ができる。鑑真和上の命日にあたる6月6日に催される「開山忌」を挟んだ3日間、そして瓊花が咲き誇るこの季節の2度の機会である。前者の場合は東側の門から、そして後者は西側の門から私たちは塀の内側の清浄な空間へと足を踏み入れることができる。

今日、私は西の門から入ることになる

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瓊花は鑑真和上の故郷・江蘇省揚州市の名花で、和上がおられた大明寺では、大切に育てられてきたという。鑑真和上がお亡くなりになってから1200年目にあたる1963年、その記念事業の一環として中国仏教協会から贈られたものだ。その瓊花を株分けして、現在、唐招提寺においては供花園に10株・御廟にも1株が生育している。

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一見、白のガクアジサイかとも思われるような姿であるが、何よりも香りが違う。私はこの供花園に足を踏み入れた時、その清らな花びらの姿を目にするよりも先に、我を当然たらしむる甘い香りでこの花の存在に気が付いたほどである。甘く、華やかで・・・それでいていささかも下卑たところのない香りは、今を去ること1200年以上も前、この国の多くの人々を教え導き戒めを授けてくださった聖師のお人柄さえも彷彿とさせ得る。

白く清らかな花の姿と甘く華やかな香りに、しばし目と鼻とを楽しませた後、この寺の北辺の東端にある鑑真和上墓所へと向かう。せっかく唐招提寺を訪れたのだから、和上に御目にかからないで帰るというのはなんとももったいない。

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供花園を出て、写真のような道に沿って東へと向かう・・・目に入ってくるのは崩れかけた土塀である。

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門へと辿りつく。

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塀の内側には美しく苔むした庭が広がる。

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広がった苔庭の先には池がしつらえてありその池中に浮かぶような小島に和上の墓所はある。その島の直径は10mほどといったところか・・・

上にも述べたが、ここにも1株、瓊花がある。なんでも、かの天安門事件で失脚した趙紫陽首相のの御手植えのものだという。この1株が首相が中国から直接持って来た株か、それともこの寺で増やした株の一つを彼の手によって移植したのか、私にはいずれとも知りかねるが・・・多分後者だとは思うが・・・鑑真和上の墓所を囲む玉垣の前に「中華人民共和国 趙紫陽閣下手植瓊花」と刻まれた石碑が立っていた・・・