大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

高畑を歩く

入江泰吉記念奈良市写真美術館を出た私は、周辺の散策としゃれ込むことにした。この写真美術館のあるあたりは、高畑。落ち着いた感じの住宅地で、なかなかの雰囲気のある場所だ。素通りして帰るのはちょいともったいない。

まずは・・・新薬師寺

薬師寺奈良時代創建の官立寺院であることは間違いないが、創建の正確な時期や事情については正史に記載がない。P1040621

奈良時代創建のこの古刹は、747年、光明皇后が夫聖武天皇の病気平癒を願って創建したとも、聖武天皇光明皇后の眼病平癒のために745年に創建したもいわれている。

かつては四町四方の寺地に金堂の他に東西の塔が立ちならび百人以上の僧が暮らしていたというが、今はその面影を偲ぶ縁すらない。

2008年に近接する奈良教育大学の校舎改築に伴う発掘調査が行われ、同大学構内で新薬師寺金堂跡とみられる大型建物跡が発見された。奈良教育大学の発表によれば、発見された建物跡は基壇の規模が正面54メートル、奥行27メートルと推定されるという。現存する東大寺大仏殿が正面57,7m(創建当時は86m)、奥行50,5m(創建当時は50,3m)というから、それと比べてもかなりの規模を誇る寺院であったことは髣髴される。

写真は南門から現存の本堂(鎌倉時代のもの)を望んだものだが、中には8世紀末のものとされる木造薬師如来坐像天平期のものとされる塑造十二神将立像に周囲を守られて鎮座している。

・・・が、もはや正午に近い。腹の虫が落ち着かなくなってきた。今日の所は薬師仏にご挨拶することはあきらめて、お目当ての蕎麦屋をめざし高畑の家並みの中の散策を続ける。

P1040624

歴史ある街並みであるから、かような路地に目を楽しませることも一興。そして古風な路地の中に、下のようなモダンな建物が、決して喧嘩することなく立ち並んでいるのもこの高畑の町の特徴である。

P1040626

かつて志賀直哉が暮らした家もこの街並みの中にある。「暗夜行路」や「城の崎にて」すらまともに読んだことのない私ではあるが、我が故郷石巻の生まれであるこの小説の神様にはいささかの興味もあり、その旧宅には幾度か訪れたことがある。

・・・とはいえ、空腹はそろそろ限界に近づきつつある。これまた今日のコースからは省略して件の蕎麦屋へと急ぐ。

P1040628

奥春日へと続く自動車道に面したこのそば屋は、その繁盛にも関わらず、ひっそりとしている。幸いにも待たずに店内に入ることのできた私は、即座に天ぷら蕎麦をたのむ。以前一度この店には来たことがあり、その蕎麦の味が感心できるものであったことは知っていた私は、その値段に比して蕎麦の量が感心できないものであったことも覚えている。かといって、おかわりするのも何か無粋な気もして、一杯でもできるだけ満足できるカロリーの高い天ぷら蕎麦を注文したのだ。

本来ならばここで天ぷら蕎麦の映像をお届けするべきなのだろうが、私の空腹は絶頂を極めていた(なんか変な言い方だな)。小ぶりな丼に盛られた美味はあっという間に私の胃袋の中におさまってしまった。

腹6分目といったところであろうか・・・私は昼食を終えた・・・

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