大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

山辺の道1日旅行・・・4

さて、たった半日の小旅行に、もう3回の投稿を費やしている。前回の大直禰子(オホタタネコ)社を出たあたりで、時間的に言えば全行程の半分ほど(何せ昼食休憩に1時間ほど費やした)だ。ただそれはあくまでも時間的にはであって、歩かねばならない距離はこれから先、今までの倍ほど歩かねばならない。

ということは、ここから先、要所要所において立ち止まり、聞くことのできた解説を一々皆さんに紹介していては、あと6回はこの一日のことを書かねばならなくなっている。非常に心苦しい次第ではあるが、それらの多くを清水の舞台から飛び降りるつもりで景気よく端折ってしまい、特に記憶に残ったお話をひとつ紹介してこの1日旅行についての報告を締めくくりたいと思う。

大直禰子(オホタタネコ)社を出た後に歩いた場所をその名だけ、以下に紹介しておこう。

久延彦神社→狭井神社狭井川玄賓庵檜原神社→ホケノ山古墳→箸墓

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最終目的地は、檜原神社。ご覧のとおり拝殿すらない。あるのは三ツ鳥居。大神神社では拝殿に隠れて見えない三ツ鳥居である。これを通してご神体の三輪山を遥拝するためのものである。そして振り返って・・・そこには2本の柱の間に張られた極太のしめ縄(おそらくはこれが鳥居の原初的なスタイル)。それを通してみる二上山はまた格別だ。夕暮れ時などはことにたまらない。

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檜原神社でいったん解散したものの一行散らばることなくは穴師へと進み、そこからそれて纏向に向かう・・・そんな道順だ。

ホケノ山古墳、箸墓は目的地を過ぎた後、駅に向かう途中に・・・ある意味ではついでで説明をしていただいた場所である。けれども、この箸墓においての解説が私にとってこの日一番の収穫のように思えた。

箸墓は日本最古の前方後円墳。築造年代、そしてその規模の大きさから、北に広がる纏向遺跡との絡みで卑弥呼の墓ではないかとの声が喧しい。しかし、この日の解説者は考古学者ではない。当代名うての万葉集の専門家、あるいは古事記の専門家。文学の輩である。勢いその興味の向くところはその墓の主ではなく・・・この墓にまつわる悲しい物語。

倭迹迹日百襲姫の元に、夜な夜な通う立派な殿方がいた。しかしながら、訪れるのは当時のこととて夜のみ。夜陰に紛れてやってきて、そしてまた夜明け前に帰って行く。その顔すらもよく分からない。そうなると、そこは女心の常だ・・・愛しい男の姿を明るい日射しのもとで確かめたくなる。 姫はその思いを夫に告げる。夫は言う。「お前の言うのももっともだ。ならば、私は明日の朝、そなたの櫛笥に入っていよう。けれども、その姿を見て決して驚かぬように・・・・。」と言う。 ここで、姫は心の内で・・・なんで櫛笥の中なんかに・・・と、ちょっと怪しんだ。しかし、やっと愛しい男の姿が見られる・・・・そんな歓びの思いで、翌朝、おのが櫛笥のフタを開ける。すると・・・中には、まことに美しい小蛇がいた・・・・ 姫は思わず驚き、叫んでしまった。 すると、たちまちにその蛇は人の姿に身を変えて言った。「お前は、私を見て驚きを抑えることが出来ず、私を辱めた。私もお前を辱めて見せようぞ。」と言って、大空をかけて、三輪山に登ってしまった。 姫は三輪の山を仰ぎ見て、悔いて座り込んでしまった。そして・・・・そのいきおいで、落ちていた箸で、陰部をついてしまった姫ははかなくなってしまった。

日本書紀によればこの墓の主は倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトビモモソヒメ)、第7代孝霊天皇の皇女である。この文は以前、私が箸墓について記した折に紹介した物語だ。問題は「『私もお前を辱めて見せようぞ。』と言って、大空をかけて、三輪山に登ってしまった。」と訳した部分。原文は「吾還令羞汝仍践大虚登于御諸山」。書き下すと「『・・・吾還へりて汝に恥せむ。』とのたまふ。よりて大虚(オホゾラ)を践(フ)みて御室山に登ります。」となる。

何が問題かというと・・・私は以前からその陰部をついてはかなくなるという死にざまが「恥」なのだととらえていた。が、それは「恥」をかかされて、力が抜けて座り込んでしまった結果としての事実であって、大物主が恥をかかせたということにはならない。そこにいつも疑問を感じていた。ならば、大物主は倭迹迹日百襲姫に「吾還へりて汝に恥せむ」と言った、その言葉に応じた彼の行動とは・・・

虚を践みて

の一節がそれである。「践みて」とは「のしのしと足音を立てて」ほどの意味。太古、男は夜な夜な女の元を訪れ愛を契った。けれどもそのことが露見し、噂になることを極端に嫌った。従って男はすっかり暗くなってから女の元を訪れ、朝は暗いうちに周囲に気づかれぬようこっそりと帰って行くのが常であった。それを「のしのしと足音を立てて」男が帰って行ったらどうであろう。その女の元に男が通っていたことは隣近所に露見してしまう・・・

箸墓の前での解説はそんな細部に及んだ。ああ、読み飛ばしてしまっていた。私は「践」の一字を読み飛ばしてしまっていたのである。解説してくださった先生のごく何気ない解説に私は改めて自分の読みの粗雑さを思い知らされていたのであった。

一行はそのまま巻向の駅へ・・・そのまま帰途につこうとしていた私であるが、この団体の代表を務める先生から「ちょいと一杯付き合わないか。」との一言。代表は我が出身校の10年ほど先輩にあたる方。けれどもこの日が25年ぶりぐらいの対面である。また一緒に一杯行くだろう面々もこの道において名の通った錚々たる面々。私などがそこに仲間入りしていいものか、散々迷ったが・・・

酒席への誘いを断るほどの無礼はないという先祖代々の教え(笑)が、その誘いのほんの数秒後に、私に「はい・・・」と返事をさせていた。