大和逍遥   

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都祁だより・・・貝ケ平山

何の変哲もない山である。みたところ、標高は300mといったところであろうか。

貝ケ平

上の写真は、撮影のためにかなり近づいてのものだが、この4月からの新しい職場の窓からはいつでも見はるかすことができる山だ。ちょいとパソコンのモニターを見過ぎて目が疲れたときなどは、いつもこの山を眺める。

ところで、先にこの山の標高を「300mといったところであろうか。」と述べたが、実はこの写真の撮影のポイントはすでに500m程の標高を持った場所である。したがって、この貝ケ平山の標高は800m程ということになる。

正確に言うと標高822m。奈良県の北東部に広がる山地の最も盆地寄りに広がる都祁高原の周辺を取り巻く山々の中の最高峰であるが、ここでちょいと触れてみたいのが「貝」ケ平山というその名の由縁である。

この山の所在は紀伊半島のほぼ中央、ということはこの辺りでは最も海から遠い場所であるということができる。しかしながら、なんとこの山の中腹からは海洋性の貝の化石が数多く発見されているのだ。となれば、そこから「貝」ケ平山という命名の由縁は容易に想像できる。そして、今標高822mを誇るこの山は・・・そして都祁を含むこの一帯はかつて海の底にあったということも併せて推定できよう。そして、その海底が800m以上隆起して、今のごとくに相成ったのだ。

その過程を順に示すならば

約1800万~1400万年前

第一瀬戸内海の海底この時期の生物が今化石となって、今、目にすることができる。                                                                    

約1300万年前

第一瀬戸内海が干上がってできた淡水湖が誕生その淡水湖に、堆積した土砂や室生火山の噴火物が大地を覆った。

約3~4百万年前

大和高原、生駒山地鈴鹿山脈などが隆起をはじめ、その間の盆地に湖ができる。古奈良湖もこの時期の生成。同じく琵琶湖の前身たる大山田湖も同じ隆起運動の過程で生じたものであろう。

となる。

何とも壮大な大地の変幻であろうか・・・

かつて海の底にあった一地点が今は820mの高山と姿を変え、その北方に500m弱の高原が生じさせている。そして、琵琶湖にも匹敵するような巨大な湖を今の奈良の地に生成させ、そして消滅させもした。また、その東方に生じた大山田湖を400万年の時をかけ、琵琶湖という巨大な湖に成長させた・・・

してみれば、この度のこの国の東北の地の大いなる鳴動も、こういった大地の変幻の一つにすぎないとしか言いえない。といって、この度の災厄を矮小化してはならないことは当然である。むしろ、自分たちがそのような変幻してやまない大地の上に生きているということを肝に銘じなければならないということを、この壮大な事実は物語っていると私たちはとらえなければならない。

ともあれ、こんな壮大な事実を、その沈黙の中に秘めつつ、太古の海底は、今、梅雨明けが目前の、濃い緑に覆われている。