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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

真福寺本古事記を見る

最近、すっかり怠け癖がついてブログの更新のペースがすっかりと落ちてしまった。そのせいで報告が遅れてしまったのだが。先週の日曜日私は昼過ぎに奈良国立博物館に車を走らせていた。目的はこれ・・・

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「古事記の歩んできた道ー古事記撰録一三〇〇年ー」と銘打たれた特別陳列である。今年2012年は、太安万侶元明天皇の命を受け、稗田阿礼の暗唱していたところのこの国の来歴を撰録し、古事記として世に示されてちょうど1300年に当たる。そこで奈良県はそれを記念し、また遷都1300年の諸行事の成功にあやかって再び新たなプロジェクトをスタートさせた。

「記紀・万葉プロジェクト」と題されたこのプロジェクトは2012年の『古事記』完成1300年から2020年の『日本書紀』完成1300年というふたつの節目の年をつなぐ9年間にわたる壮大なプロジェクトで

古事記』・『日本書紀』・『万葉集』に代表されるこれら文献史料を現代の感覚でひもとき、さまざまな角度で親しみ、楽しみ、味わうことで、先人によって受け継がれてきた豊かな歴史を知り、感謝をこめて、未来へと大切に引き継いでいく

記紀・万葉プロジェクト基本理念より)

との趣旨でこれからの9年の間繰り広げられる。なにぶん、9年という長い期間にわたるイベントであるだけに、くれぐれも息切れすることのないよう県民としては祈るだけであるが、ともあれ賽は投げられた・・・

そしてこのたび私が訪れたこの特別陳列もその一環の催しであった。その目玉はなんといっても「真福寺本古事記」である。(画像をクリックすれば大きな画面で見られますよ)

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日本書紀は最古の正史として珍重され、朝廷内においても日本紀講筵と呼ばれる講義が幾度もなされ、その必要性からの古くから写本(早いもので9世紀)が存するが、それに比して、逸話集としての性格の強い古事記は正史としての待遇を受けることなく、長い雌伏の時を過ごさねばならなかった故に、書写されることも少なく、この最古の写本と目される真福寺本が書写されたのは、ぐっと時代が下って室町時代・・・1370年代初頭となってしまう。

それが故に、後発の歴史書、日本書紀古事記について全く触れられていないという事実もあいまって、古事記偽書であるという説も多く説かれてきた。この偽書説については、その後の多くの研究の成果から、肯んじがたいことが明らかにされてきたが、今なおこの書を偽書とする説はとなえられ続けている。

この件について私は多くのことを述べるような力を持ち合わせてはいないが、両論の要点を比較した時、古事記をあえて偽書とする必要はないと私には思われる・・・とだけ言っておこう。第一、偽書という言葉の持つ意味が私にはわからない。書いてあることに偽りがあるというのであれば、それは世の中の書物のほとんどがそうであろうし、著者・編纂者・年代などが疑えわしいとされるのであれば、これまたそんな書物は古典作品の中にはありふれている。

さて、この真福寺本古事記であるが、実はその複製本を私は所蔵している。

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古事記〈国宝真福寺本〉 (1978年)

学生であった自分に勢いに任せて神田の古本屋でえいやっとばかりに購入したものだが、何もそれを学術研究に役立てているわけではない。ただときどき開いてみては悦に入っている・・・それだけのことである。

そして・・・このたび、複製ではないホンモノを目にした。場面は中巻のクライマックスともいえるヤマトタケルノミコトの話の部分だ。上記の安価な複製本が持ち合わせていない何とも言えぬ風格がそこには漂っていた。安価な複製では表現しきれぬこまごまとしたすべてが価値あるもののような気がしてならず、私はその展示室の一隅に立ち尽くした。・・・こんな思いは、文化の存続よりも金を大切に思うどこぞの首長には味わうことができないのだろうななんて思いつつ・・・

ところで・・・今回のこの特別陳列においては他にも数多くの貴重本の展示があったが、この真福寺本は中巻と下巻のみで、その上巻は展示されなかった。

なぜかというと・・・、京都の国立博物館において開催予定の「大出雲展」(7/28~9/9)の方で展示されるというのだ。古事記において出雲に関する記述は神世の時代をえがく上巻に集中している。したがって、この展示会の趣旨からして上巻のみがどうしても必要だったらしい。

それにしても、そちらの展示は7月の28日から。こちらの奈良の博物館の展示会は6月16日から7月の16日まで。日程の重なりは一切ない。ならばなぜ上巻が奈良の博物館で展示されることがなかったのか・・・ちょいと不満に思った私だが、このような貴重本はその保護のために光に曝される時間(すなわち公開できる時間)が限られているのだということを聞いて、まあそれなら仕方ないかとしぶしぶ納得した。

けれどもこの夏、一度は京都に足を運ばなくならなくなったのは確かである。

最後に余談ではあるが、古事記1300年に沸いているのはなにも奈良だけではない。上にのべたように古事記の上巻は出雲神話と呼ばれる出雲の地を舞台にした神話がその3分の1を占める(古代国家の成立における出雲の重要度はここからも窺われる)。すなわち、この2012年は島根県においても記念すべき年であったのだ。

きけば大規模なイベントがこの地でも行われるらしい。

神話博しまね」がそれである。

こちらの方はちょいと足を運ぶのはしんどい・・・

最後に・・・

このような年であるから、出版社は古事記にまつわる書籍を多く発行している。土地柄からか、奈良においてはどの書店においても古事記の特設コーナーが設けられており、様々な古事記の解説書が陳列されている。

そんな中で私のおすすめの古事記本は・・・

どうせ読むなら原典を読むのがいい。けれども、独特の漢文体(漢文と呼ぶことがはばかられるぐらいに倭臭のつよい)に直接当たるのはちょいと厳しい。書き下してあって・・・できることなら簡単な解説や、最低限の訳文がついている方が良い・・・

新潮社の古典集成本「古事記」 西宮一民著・・・である。

 

難しいことを考えながら読まない限り・・・3日で読める。