大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

お散歩・・・10・7(真神の原)

今日は本当に気持ちのいい一日であった。こんな爽やかな休日の昼下がりにふらつくには、明日香という土地はまことに好適である。ということで、昼食をすませた私は、かつての、この国の中心地へと車を走らせた。

道端には秋風に揺れるコスモスと、未だ咲き残る曼珠沙華とがちらほらと見える。さすがに曼珠沙華はそのほとんどが色あせて無残な姿をさらしているが、コスモスは今まさにその盛りを迎えようとしている。

そんな秋の彩りに目を楽しませながら、家を出てほんの10分ほど車を走らせれば明日香村に至る。大和盆地の東端を南北に走る上つ道から明日香へと抜ける山田道に入り、奥山の交差点を左に曲がる。石舞台へと続く山沿いのワインディングロードを途中でそれて、奈良県立万葉文化館の駐車場に車を止める。結構な広さの駐車場で、収容台数はかなりのものだ。しかも無料。明日香散策の拠点としてはうってつけだ。無料で車を止めるのに気が引けるお方は、帰り際にこの文化館をちょいと覗いていただけばそれでいいだろう。施設を囲む庭園は見事ではあるし、文化館の売店や喫茶店部分、そして図書館部分は見学料を払わずとも入ることができる。いや・・・帰り際ではなく、到着し次第、ここでこれから歩く明日香村についての予備知識を仕入れるのもいいかもしれない。

いつもこの駐車場を利用している私はそんなことは気にせずに、今日の目的の真神の原へを足を進める。万葉文化館の位置する丘陵地を西に下ればすぐに真神の原だ。

北に天の香具山。

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南は聖徳太子がお生まれになったという地にある橘寺。

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そして東に、大化の改新に先立って中大兄皇子藤原鎌足が密談を重ねたという多武峰(トウノミネ)。

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西にその大化の改新に先立つクーデターにより滅び去ってしまった蘇我氏が居をかまえた甘樫が丘。

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これらの名勝に囲まれた真神の原は、推古天皇の豊浦(トユラ)宮から天武天皇飛鳥浄御原宮までの間、ほとんどの天皇がこの近辺に宮を構えた場所だ。真神とは狼のこと。少々その資料的な価値が疑われはするが、江戸後期の国学者、件信友の「歌枕燈明抄」には「大和国風土記」(散逸して現存していない)の記事として次の一文が引用されている。

むかし明日香の地に老狼在て、おほく人を食ふ。土民畏れて、大口の神といふ。名其住處號大口眞神原と云々・・・

途中まで書き下してあり、後半、急に原文表記になっているが

其の住處(スムトコロ)を名づけて、大口の眞神が原と號(イ)ふ

とでも訓むのだろうか。

万葉集にも

舎人娘子雪歌一首 大口の真神の原に降る雪はいたくな降りそ家もあらなくに (巻八・1632)

と詠まれている。

さて、車を離れてほんの5分。私はすでに真神の原に足を踏み入れた。これから私が歩く予定は伝明日香板葺宮跡、蘇我入鹿首塚、飛鳥寺の順。1時間もかからぬ行程ではあるが、結構楽しめるコースである。

<続く>