大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

法華寺に行く・・・中

先日の記事には次のような一節があった。

車はこの寺を囲む築地の東端にあるささやかな門の前にある駐車場に入った。車を降りるなりその小さな門から境内に入る。

私がこの蕭索たる境内に足を踏み入れる際にくぐった、このささやかな門は一般に赤門と呼ばれている。柱をはじめとしたその用材が赤く塗られていることがその理由であることはいうまでもない。

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赤門をくぐり抜けるとまず目に入るのが、鐘楼である。その鬼瓦に1602年の刻銘があり1601年の本堂の再建にやや遅れての再建かと思われる。けれども、本堂がそうであるようにその前身である建物の用材と思われる部材も混在している。利用できる古材は大切に再利用したものであろう。

さていよいよ本堂である。お目当ての十一面観音はその中にいらっしゃる。

はやる心を鎮め私は履物を脱ぎ、堂内への梯子に足をかける。

堂内はもちろん写真撮影は認められいない故、ここでその尊いお姿を皆さんにお示しすることはできないが、ネット上にはいくつもそのお姿を示すサイトが存在している。第一にこの法華寺のホームページでもそのお姿を拝見することができるのだから、何も私がつたない写真を撮って皆さんにお見せすることはなかろう。遠慮なく、「法華寺十一面観音」とグーグルの画像検索をかけていただきたい。

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さて私はいよいよ堂内の人となる。1601年、豊臣秀頼淀殿の寄進によって再建された寄棟造、本瓦葺きで正面7間、側面4間のこの控えめな本堂の内には、言葉では言い表せぬ、なんとも心鎮まる香が漂っていた。薄暗い・・・堂の中央に安置されたこぢんまりとした厨子の中に美貌の十一面観音は静かに・・・本当に静かにお立ちになっていた。

身の丈は1m弱ほどであろうか。これまで私が目にしてきた大和の諸仏から見れば、まことに小さい御仏だ。しかしながら、その発するところの存在感は、丈六を基本とする大和の古寺の御仏たちに一切ひけをとらない。一本のカヤ材から掘り出された一木造りのこの御仏は、秘仏として普段は厨子の中に安置されているため、きわめて保存状態はよい。制作当初から金箔は張られず、彩色も部分的にしか施されていない素木像で、両手首から先や天衣の遊離部分などに、ごく一部を別材が用いられている。

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まっすぐに下にたらされた右の手は膝の高さまで伸びている。仏の三十二相八十種好の一つ、る「正立手摩膝相(ショウリツシュマシツソウ)」である。少しでも遠くにその手が届き、少しでも遠くの悩み苦しめる衆生を救おうとの意志の表れだ。自らのあるべき姿を変形させてまでも我々衆生をお救いになろうとする御仏の慈悲に思わず両の手が、我が胸の前で合わさってしまう。

そしてその衆生救済の御意志は、その蓮華座の上に置かれたそのお御足の様子からもうかがい知れる。御仏はそのほとんどの体重を左の足に乗せ、右の足は軽く曲げられ、いわば遊んだ状態になっている。その親指は軽く上に向いて反りあがり、今にも前に一歩踏み出すかの様相を呈している。何かあればすぐにでも悩める衆生のそばに駆け寄る・・・まさにそんな印象である。

その様式、手法からその製作は平安時代初期、9世紀前半と見られているが、一方で次のような伝承がこの十一面観音にはある。

それは遠い健陀羅国のみかど見生王が、あるとき生身の観世音を拝し奉らんと欲し、発願して入定すること37日、その満願の夜、真に生身の観世音を拝せんと欲せば、これより東海州大日本国聖武王の正后、光明女のお姿を拝すべしという夢のお告げをうけた。しかし万里の蒼波を凌ぎて海を渡ることの至難さを想い、重ねて祈願したところ、巧匠をかの地に遣わして光明皇后のお姿を刻み拝すべしという重ねての教示をうけ、早速問答師という名匠を派遣することになった。師遠来して難波につき、皇后にその旨をお願いしたが容易にお許し給わず、ただ我が願いを叶えれば、その姿を拝見してもよいと告げられた。そして折から生母橘大夫人のために造建中の興福寺西金堂本尊の丈六釈迦仏坐像の彫刻を命ぜられた。そこで問答師はこの像を刻みつつ、庭上を歩行し給う皇后の御姿を拝し、そのままに三躰の十一面観音の像を刻み、一体は仏師自ら身に随えて健陀羅国に持ち帰り、一体は内裏に安置し、一体は施眼寺に安置した。内裏安置の一体は今、法華滅罪寺に存するという。

法華寺のホームページからの引用であるが、その元となる一文は、光明皇后がその造営に大きくかかわった興福寺に伝わる「興福寺濫觴記」にあるという。無論、「興福寺濫觴記」は後世の文章であり、上にある話は伝承に過ぎない。事実は平安朝初期の製作であること、決して動くことはないのだろうと思う。しかしながら、その豊かな肉体、そして知的ではありながら慈愛に溢れるその面差しは、美貌で知られ、限りなき慈しみを青人草にふりそそいだ皇后、光明子を髣髴とさせ、見る人に思わず「濫觴記」の伝承を信じさせてしまう力がそこにはある。