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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

花は咲く・・・2012の総括に代えて

2012年も、あと1週間と押し詰まり、このあたりでこの一年の総括をと思う。

この1年、私に会った大きな変化はと言えば、7年間勤務した前の職場から、今の職場へと移ったことがある。この春から大和高原西部に位置する都祁が我が職場となった。都祁は市町村合併のため、県庁所在地の奈良市には属しているが、なんといっても山上の地だ。職場の標高は480m強。今まで勤務していた盆地の職場とは圧倒的に環境が違う。

そんな都祁の地に興味を覚えて細々ながら始めたのが「都祁便り」と名付けた記事群である。

ttp://soramitu.net/zakki/?p=1463 http://soramitu.net/zakki/?p=1483 http://soramitu.net/zakki/?p=1683 http://soramitu.net/zakki/?p=1732 http://soramitu.net/zakki/?p=1757

県外の方々には、あまりなじみがないのがこの都祁の地であろうが、それは奈良県内に暮らす私にとっても同じであった。都祁に通勤する毎日は様々な発見の毎日であった。これまで知ることの無かった・・・そして興味を抱くことの無かった事柄が私の目に飛び込んできた。私の驚きは上の5つの記事のみに集約されるものではない。まだまだ都祁の地について語るべきことは尽くされてはいない。来年もまたこの都祁の地について語り続けることになるかと思う。

今年あったことでもう一つ。

http://soramitu.net/zakki/?p=1323

私はこの3月の2日に上記の記事をアップした。かなり以前に書いたものに、若干の修正を加えてアップし直したものであるが、この記事を通して私は4半世紀も前に、ともに若い日々を過ごした友人とネット上においての再会を果たした。偶然にも私の記事を読んだその友人がコメントを入れてくれたのだ。この細々としたブログをよくもまあ見出してくれたとそのときに感心したものであるが、同じような幸いが最近もまた繰り返された。先日の記事を偶さかに目にした学生時代の先輩が、やはりコメントを入れてくださったのだ。

両人ともコメントに付随されて送られてくるアドレスにメールし、互いの所在を確かめ合い、ほんのわずかながらでも旧交を温めることが出来た。誠にありがたいブログの功徳である。

・・・と、ここまで書いてきて、それならば去年の今頃、自分はどんなことを考えていたのか急に知りたくなって、去年の総括ともいえる記事を見直してみた。

http://soramitu.net/zakki/?p=1154

2011年の10大ニュース(共同通信)を取り上げたものだ。一々のニュースに不遜ながらも私の拙い寸評を付け加えたものであった。今読み直してもほとんどはその思いに違いはない。第8位のニュースに至ってはその引用するところの辺見庸の文章の預言がいかに的確であったのかを証明するかのように、さらにその危険性を深めているとしか言いようがない。そうなると、第2位の記事についての寸評だけは少々補正を加えねばなるまい。

【2位】菅首相が居座りの末退陣、ドジョウ野田内閣誕生 居座ったかどうかは別として、まあ・・・誰が首相であったとしても同じようなことしかできなかったんじゃないかなと思う。そして誰がその後を引き継いだとしても・・・

ここで私は「誰がその後を引き継いだとしても・・・」と言った。この言葉は改められなければならない。今度その後を引き継ぐそのお方は、どう考えても同じ方向に私たちを導いてくださるようなお方ではない。それがよい方向なのか、悪い方向なのか皆さんそれぞれ思いは別であろう。私には、より危険な先行きしか見えてこないのだけれども・・・

ともあれ、時は行く・・・

この1年はあっという間の1年であった。被災の地にて暮らす人々にとってはさらに短い1年であっただろう。復興(何を持って復興と呼ぶのか再考の必要はあるかと思うが)に向けてのこの国の営みは遅々として進んではいない。けれども、彼の地に生きる多くの方々は懸命にその暮らしの再興に歩んでいらっしゃると聞く。この国を導いて行くべき人たちに課せられているのは、その歩みに寄り添い、手を携え、ともに歩くことしかない(これは多くの国民にとっても言えることだろう)。そして、まだ歩み出せていない、そんな人々にも歩き出してみようかと・・・そんな展望を持っていただけるような環境を作って行くことがもとめられているのだ。

Photo0074

拙い写真であるが、昨年、帰郷した折に撮影したものだ。

滅び去り、全くと言っていいほど人気のない東松島市野蒜の町内を幾時間となく歩き回り、最後に足を運んだ砂浜に咲いていた花だ。あの日からちょうど半年たった9月の初め、ひときわ鮮やかに、花はありったけの生命力をその清潔な黄色で示そうとしていた。

花は咲く。