大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

新年のご挨拶

 

御年賀

長いものがお好きでない方には極めて刺激的なご挨拶になってしまったが、なんせ今年の干支であるからしてやむを得ない。大神神社の本殿の横に飾られた有難い絵なので、心してご鑑賞いただきたい。・・・と、にべもないご挨拶から始まってしまったが、何もそれが本意というわけではない。こうやってしがないブログを営んでいる以上、その目的は出来る限りの多くの方々と親しくお付き合いいただく事が私の願うところである。

さて、今日を以て2013年は始まるわけであるが、はてさて・・・いかなる年となって行くのか・・・昨年末の選挙の結果などを考えるとはなはだ不安多き年と思わざるを得ない。私を含めた多くの弱き者が、弱き者同士互いに足を引っ張り合い、持てる者・強き者の足場を固めるためにいがみ合っている・・・そんな傾向が、手に取って見える・・・そんなふうに思えて仕方がない。

本当は弱き者同士、手を取り合わねばならない。立場の違い・・・そんなことは当然、存在する。けれども・・・そんなことにこだわっていては、やつらの思うがままだ。こんな時こそ私たちは手を取りあわなければならない。

えらく偏った物言いになってしまったが、この国がより良い方向に進んで行くためには、もちろん、持てる者・強き者と自ら思っている方々だって、その思いを共有できるのならば、手をつないでもらえるならばそのほうがいいに決まっている。人は足を引っ張り合うために・・・互いを踏み台にし合うためにこの地球に存在するものではない。かつて森を奪われたか弱き存在であった我らの祖先は、手をつなぎ合うことによって今日まで生き延びてきた・・・それが我々、人間なのだ・・・か弱い存在であったからこそ、生き延びるためにかくも稀なる進化を遂げたのだ・・・

気を付けなければならないのは、そのつながれた手と手を切り裂こうとする輩が存在することである(これはまた人間の進化がひりだした仇花なのかもしれない)。そのことで自らの強き立場を維持し続けようとする・・・一部の人々を強く攻撃し、排他し、そのことで圧倒的多数の弱き我々をを分断しようとする。そんな輩の策謀に乗ってはいけない。我々は手をつながなければならない。そのことでしか、やつら、強者の立場に居座り続けようと策謀する連中には対抗できないのだ。

・・・それに手を繋いでいたら、なんとなく楽しいじゃないか。互いにいがみ合い、そしりあうよりそのほうがよっぽど楽しいに決まっている。

疲れたら・・・ちょっとだけ手を放してもいい。そして元気が出てきたら、また手を繋げばいい。そこが一時流行った「絆」ってやつとちょいと違うところだ。

とにかく・・・手をつないでみよう。損はないと思うよ・・・


追記

新年早々、やぼったい内容の記事になってしまった。藤原定家公にならい「紅旗征戎わが事にあらず」をモットーとする本ブログにおいては極めて遺憾な内容と言わざるを得ない。しかしながら、我が内なる危機感は抑えることができない。

戦争が廊下の奥に立つてゐた   渡邊白泉

なんてことにならないために・・・

挿入したビデオは、記事の本旨からすればいささかくだけすぎたもの感じられるむきがあるかもしれないが、私の中でそれは一切の矛盾は存しない。

だって・・・手をつなげばそれだけで楽しいじゃないか

・・・手をつなげばなんとなく心強いじゃないか・・・

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