大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

持統天皇六年 伊勢行幸

先ほど、私の別に運営するブログ「万葉歌僻読」というブログに

あみの浦に 船乗りすらむ 娘子(ヲトメ)らが玉裳の裾に潮満つらむか

今頃あみの浦で船遊びをしているであろう乙女たちの美しい裳の裾に潮が満ちていりことであろうか・・・

柿本人麻呂万葉集巻一・40

という短歌を紹介した。持統六年三月の伊勢行幸の際に、都の残された柿本人麻呂が、都にあって一行の旅先での様子を思いやって詠んだ歌だ。この行幸には次のような逸話が残っているので紹介してみたいと思う。

この年、2月19日に、持統天皇は伊勢への行幸を切り出す。ところが、壬申の乱の英雄三輪高市麻呂が、これに猛然と反発する。時は春の始め。まさに、これから農事が始まらんとする季節である。そんな時期に行幸を行えば、多くの農民が、その随行として行幸にかり出されることになる。これは、農事を妨げとなることは必定。というのが彼の言い分だ。 しかし持統天皇は聞き入れない。3月3日、行幸が本決まりになると高市麻呂は、冠を脱ぎ天皇に差し出し、重ねて「農作の節に車駕を動かすべきではない」と諫めた。天皇は聞きいれず、その6日、伊勢へと旅立った。

ただ、この硬骨漢の意を汲んでか、この行幸に協力した人足のこの年の税は減免されたという。4. この後、彼の返納した冠はどうなったのか・・・・日本書紀は何も語ってはくれていない。ただ、その後継たる史書の続日本紀にその後の動静が記されている。この行幸の10年後、大宝2年(702)に従四位上の位で、長門守に任じられたとあり、その後大宝3年(703)左京大夫と歴任し、慶雲3年(706)、左京大夫従四位上のまま卒去。死後、壬申の乱の功績により従三位を贈られたという。

してみれば、持統天皇もこの功臣の諫言にこそ耳を貸すことはしなかったが、さりとてそのまま冠位を受け取ることもできず、慰留したのではないかとの推定も成り立ちうる。

その理由には単に彼の壬申の乱における功績だけがあるのではない。平安初期、景戒(キョウカイ)によって著された「日本現報善悪霊異記」という仏教説話集にも、このエピソードは語られており、さらに彼の人となりとして、旱魃のとき自分の田の取水口に蓋をし、水を農民たちの田にまわしたとの小話が紹介されている。竜神は彼の行為に感じ入り、彼の田にのみ雨を降らせたという。

この小話が事実かどうかは問題ではない。彼が後の世の人にかような人柄と受け取られていたことが大切だ。庶民の間にこの小話が事実と受け取られるだけ人で、彼はあったのだろう。そして、そんな人物だからこそ、女帝持統も彼を全く無碍に扱うことができなかった。行幸から帰った後、彼のメンツの立つように配慮をして、彼を慰留したのかもしれない。

とまあ、このあたりはだいぶ私の憶測が混じっている記述になるが、憶測ついでにもう少しだけ、このエピソードを考察してみたい。

まずはこの持統天皇の伊勢行幸についてだ。古事記等において崇神天皇の頃、確かに伊勢に皇祖神たる天照大神が鎮まったとの記述はあるが、その存在が大きくクローズアップされてくるのは時代が下って天武天皇の時代になる。壬申の乱の際、吉野から抜け出し、東国に向かった大海人皇子は伊勢の朝明(アサケ)郡の迹太(トオ)川のほとりから、天照大神を遥拝する。

伊勢の神の神威のまま彼らは近江朝を撃破する。この遥拝については、伊勢を中心とした東国の豪族を味方につけるための大海人皇子のパフォーマンスと考えてもよいが、その甲斐あって彼らは戦いに勝利した。そして、伊勢の神は皇室の守り神としての地位を手に入れることになった。天武天皇はその後もその関係を継続、強化しようと試みた。長く途絶えていた斎宮の復活もその一環である。またその後も伊勢を中心とした勢力に対する配慮も怠らない。

実はこの持統天皇6年の行幸に際しても伊勢・伊賀・志摩の国造に冠位を授けたり、税を免除したりとまことに気前よく女帝持統は振舞った。持統天皇は、もちろん天武天皇の皇后だ。ということは、この行幸の目的にはこれら、壬申の乱において大海人皇子に加勢したの氏族に対し、先の大乱の功績をたたえ、その連携を強化することにあった。それはとりもなおさず伊勢の神、天照大神の地位の向上に結びつく事柄だ。

ひるがえって、高市麻呂は三輪氏の人間。長らく皇室の守り神、大物主神を自らの氏族の神とする。そんな彼が伊勢の神の地位の向上に資するような行幸を快く思うはずが無い。かといって、そのことを理由に行幸に反対することもできない。考えた彼は農事の繁忙にかこつけて行幸に異を唱えた、との考えも成り立たないではない。事の真相を明らかにすることは私には力の及ばぬことである。ただこうやってあれこれと思いを古代に思いを馳せ、これを楽しみとするのみである。