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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

故郷に咲いていた花

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なんともできの悪い写真である。何を撮ろうとしたのか自分でもわからぬほど漫然とした構図である。しかもピンボケ・・・皆さんにあえてお目にかける値打のないような写真である。けれども、私にとっては以前紹介した、これまたピンボケの

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と同じぐらい大切な写真だ。

被災した我が東松島は野蒜の地を、あの日からほぼ半年たったある日、やっとのことで訪れることができた。

被災の里へ

もっと早く帰ればいいものの、おそらくは無残に破壊しつくされているだろう、その故郷の姿を見ることを恐れ、ずるずるとその日まで先延ばしにしてしまったのだ。想像通り、何も・・・何も残されてはいなかった。かつてここに多くの旧知の生活が営まれていたであろう痕跡は、伸び放題に延びた夏草の間から垣間見える建物のコンクリートの基礎の残骸に残るのみであった。

私は自分が18の歳まで生活をしていた家があったあたりから、あの日、冷たく昏い悪魔が押し寄せてきた海岸線へと足を向けた。

何も・・・何も変わってはいなかった。

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私が暮らしていた頃と何も変わらない、穏やかな、やさしい海がそこにあった。この海が、あの日私の育った町、そして東北の多くの海岸線の町に牙を剥いたということがとても信じられない・・・

・・・私は呆然として故郷の海に見入っていた。

しばし海に見入った後、止めていた車に戻ろうとしたときに私の目に入ったのが上の二つの花である。下の月見草は、私がこの町に暮らしていた頃、夏の終わりにいつも目にしていた花だ。夏の終わり、我が故郷の海岸はあちらこちらにこの黄色い花が咲いていた。そしてその月見草の傍らに咲いていたのが上のオレンジ色のコスモスに似た花である。花びらはコスモスのようではあるが、葉の形がコスモスとは違うように思う。

けれども、そんなことは私にとってはどうでもいいことだ。大切なのはこの花の明るいオレンジが、月見草の黄色とともに私の心に深く染み入ったこと・・・である。

あの日から2年たった今日、ふと見たくなった花たちであった。そして・・・写真の巧拙はここでは目をつぶっておこう・・・と思い今日はこうやって皆さんにお目にかけた次第である。

今日、様々なマスメディアであの日のこと、復興に向けてのこと、人々の暮らし、悲しみ・・・そしてそれらに対する政治の不毛・・・様々なことが語られている。この国に住むものとして、そして被災の地にルーツを持つものとしてそれなりに語りたいことはある。けれども、どうにもそれが言葉にならない。自分でも、いったいいつになったら自らの思いを整理できるのか・・・いらだつ思いはあるが、まとまらないものは仕方がない。焦る必要はない・・・そんなふうに自分には言い聞かせている。そして、そんな情けない私を励ましてくれるような歌を見つけた。