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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

肩のまよひは 誰か取り見む

万葉集 思いでのこと 文学のこと

 

今年行く 新島守が 麻衣(アサゴロモ)肩のまよひは 誰か取り見む

今年出かけて行く新しい島守の麻の衣の形の部分のほつれを誰が取り繕ってあげるのだろうか。

作者未詳・万葉集巻七・1265

私が大学に入って間もない頃だ。上代文学に興味のあった私は、先輩に勧められるがままに、その国文学国語科にあった万葉集の研究会に所属した。毎週月曜日、夕刻から始まるこの研究会は輪講と呼ばれていた。毎回、万葉集の歌1首を、決められた担当が調べ、その成果を発表、そしてその解釈について討議するものだった。師はそれを黙って聞いていて、その討議が行き詰まったとき、おもむろに話し出し、指針を与えてくれていた。多くの場合、短歌1首の理解に二時間は費やしていた。長いときは3時間に及ぶこともあったように記憶している。報告の担当ともなれば、少なくとも2週間は前からその準備を始めなければならない。

この歌は確かその輪講に参加し始めて2回目ぐらいのことであっただろうか。紛糾し「新島守」とあるが「新」を「ニヒ」と読むことは動かないが、「島守」をどう訓ずるべきか。現代の我々の感覚からすれば「シマモリ」と訓んで何の問題はないであろう。ところがこの島守を「サキモリ」と読む説が一方にある。「シマモリ」なる語は奈良時代に存在していた語であることは確かであるが、上に「新」をつけて「ニヒシマモリ」となる例は、万葉集の他のどの場所にも見あたらない。対して、「ニヒサキモリ」なる語は他にも見受けられるという根拠による。たのは2句目。

その時はそんなことをああだこうだ言って、結局どっちとも定まらなかった。最近の注釈書を読んでもいずれとも定まっていないようだった。他から見ればどうでも良いじゃあないか、というようなことでも、本当にどうでも良いことなのかどうかは考えてみなければわからない。その時は最終的に「サキモリ」と訓むべきだろうということに落ち着いた・・・・ように記憶があるが、ちょいと自信がない。もちろん、どんな根拠でそのように落ち着いたのかも記憶がない。

「サキモリ」は知ってのように「防人」と書き、九州北部の防備のために東国より派遣された人々をいう。任地に赴き、故郷を離れれば数年は帰ることはない。しかも、帰ってこられる保証すらない。そんな別れの場でここはある。「肩のまよひ」とは衣の肩の部分のほつれのこと。作者がこれから出かける「島守」の妻なのか、母なのかは定かではない。とにかく残された妻、あるいは母親はそのほつれをいったい誰が取り繕うだろうと嘆いている。決して彼女らは、「さみしい」とか「かなしい」などとは口にしない。別れた先、夫、あるいは息子がどんなに不自由するのかを心配するだけである。そのことがかえってこの歌の作者の悲哀を我々に伝えてくれている。

そんなふうに研究会の一同の理解が固まったときである。

師はおもむろに

「この歌を読むといつも涙が出ますなあ。」

つぶやいた。そして問うた。

「なぜ、肩なのかぁ・・・・衣のほつれるのがなぜ肩じゃあないといけないんですか。」

誰も答えられなかった。暫しの沈黙の後、師は静かに語りはじめた。遠くを見つめるような目で

「私は学徒出陣の折、陸軍を志願しました。来る日も来る日も行軍の練習。そして、実戦の折もそのほとんどが行軍でした。そんなとき軍服が一番最初にほころびるのは、きまって肩なんです。」

「何故かわかりますか・・・・銃を担いでいるからです。」

「旅をするときその荷物はどうしますか。おそらくは棒の先にくくりつけて、肩に担ぐんですよ。」

さらに師の言葉は続いた。

「この歌を読むと、家から離れなれない手つきでそのほころびを繕っていたあの時の寂しさを思い出すんです。それはけっして軍のつらさではなかった。」

「そして思い出すんです。並んでほころびを繕っていた仲間が次の日には居なくなってしまったときのことを・・・・」

もう30年以上も前のこと故に記憶違いも多々あるかと思うが、大筋に間違いはないと思う。歌を理解するとはこのようなことかと教えられたような気がした。言葉一つ一つを大切に理解することが作者に迫って行くことなんだと。 「肩のまよひ」・・・肩のほころびと辞書的な理解だけでは及ばないものがそこにはあった。その明くる年の3月。師は定年により退官された。その年に私もあと、8年ほどとなってしまった。


ここまで読み進んできて、古くから私のブログにおいでの方は「おや?」とお思いかもしれない。そしてその感覚はあなたの記憶の確かさを裏付ける・・・その通りである。今日お読みいただいた一文は、かなり以前、このブログが「北窓三友」と称していた頃に一度お読みいただいた文章である。これまた古くからおつきあいいただいている方ならご承知の通り、本ブログは度々引っ越しを繰り返し、その都度それまでの文章は破棄してきた。ただ、どうしても捨てきれずにあった文章は別途手元に保管しておいた(その一部は上のメニューにある「屑籠」で公開している。)。

なぜかは知らぬが(ひょっとしたら昨今の社会情勢がそうさせたのかもしれない)、今日、ふとこの記事の存在を思い出し皆さんに再びお読みいただきたいような衝動に駆られた。今日、読んでいただいた内容に、もしご興味をお持ちになられたという酔狂な方がおられたなら、私の別ブログ「万葉歌僻読」に幾首かの「防人歌」についての私なりの読みを何回か続けてアップしたいと思っている。これまた併せて読んでいただければ幸甚である。