大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

「薩摩行・・・2」と予定では・・・

今日の記事、「薩摩行・・・2」と予定ではなるはずであった。それなりに準備もしてあるし、それよりなにもそろそろ書いておかないと旅の記憶自体があいまいなものになってしまう。が、今日もまたちょいと道草・・・

長谷寺に行ってしまったのだ。花の寺、長谷寺に・・・

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もちろん創建が天武天皇の時代にさかのぼるこの寺ゆえ、他にも語るべきことは沢山ある。けれども、この寺の属性としての「花の寺」というキャッチフレーズはちょいと捨てがたいものがある。とくに有名なのは黄金週間の頃に盛りを迎えるボタンであるが、この3月の末に盛りを迎える枝垂桜もご覧の通り見事である(少々標高の高い場所にあるためソメイヨシノはすこし遅れ気味だ)。

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実に見事なコブシである。樹高は15mに及ぼうか・・・花の開きはあと少しという感じではあったが、何よりもいっぱいにその蕾を付けた枝の広がりに驚かされた。背後に聳えているのは先日紹介した与喜山である。千数百年、人の手の入っていない木立はまことに鬱蒼としている。

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巨大だ南門ぬけ境内に足を踏み入れるとすぐに目に入るのは

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長い登廊が待ち受けている。石段の数、他しか400有余だったと記憶しているが、その段の一つ一つが10cmにも満たないものゆえ、さして足にはこたえない。初瀬山の麓近くの斜面に位置するこの寺だけに、本尊の住まい給う本堂までにはただならぬ傾斜が存在する。その傾斜を少しでも楽に・・・との配慮がこの10cmにも満たない石段の存在なのだろう。

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石段を上り詰めた先で再び与喜山

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振り返るとそこには本堂。ここにこの寺の御本尊、十一面観音はいらっしゃる。

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身の丈3丈3尺(10m強)。通常はその上半身のみにしかお目にかかることはできない。あまりに巨大なその御身ゆえ、本堂内においてその上半身以外は、その祭壇の下に隠れて拝見することができないのだ。ただ今は特別拝観の時期になっており、いくばくかの拝観料をお供えすれば、その足元までっ進み、その全身を拝見することができる。そしてなんとその御足を撫でさすることが許されるのだ。全身が金色のその御姿の足先だけが(人々が撫でさすることの許された)金箔がはげ、黒光りしているのが印象的であった。

さてこの長谷寺本堂は京都清水寺と同じように舞台づくりである(東大寺二月堂も)。

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舞台からは、かつて「隠り国(コモリク)」と呼ばれた初瀬の地が一望できる。

そしてふりかえると・・・

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本堂である。「大悲閣」との扁額がかけてあるのが見える。観音菩薩のお住まいする建物をさす言葉らしい。「大悲者」という言葉もあって、諸仏や諸菩薩、特に観世音菩薩をいうらしい。「悲」とは仏教では情け深いことを言う。そこには悲しもを極めたものでなければ真の救済などは出来ぬとの思いが込められているのであろう・・・

ここでちょいと西に目を向ける。

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以前、紅葉の中のこの塔の姿をご披露したことがあったが、今日は散漫に咲き誇る花々の中に天を射すその姿をお届けしよう。昭和に入ってから建立された塔ではあるが妙に周囲の風景になじんでいる。

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梅が・・・山茱萸が・・・そして枝垂桜が織りなす鮮やかな色彩のその足元で実にひそやかに・・・実にひそやかに・・・

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カタクリの花だ・・・・

 

さて、一通り域内を歩いた後、難問から100mも離れていない駐車場にたどり着いたとき、振り返った私は再び十一面観音のおわす古き寺を振り返った。

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門前町の建物が邪魔で、本堂がわずかにその姿を見せているだけである。

少し残念に思ったその時、ふと私の目に赤く塗られた橋の欄干が目に入った。

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与喜山の麓に位置する與喜天満神社へと延びる橋だ。この橋の上ならばひょっとしたら、と思った私は早速橋の上に足を運び、再び長谷寺を見る。

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思った通りだ・・・

少々邪魔な建物も目に入ってしまうが、長谷寺の全体を見渡せるではないか・・・

私はかなり気をよくして長谷寺を後にした。紅葉の頃またここから撮ってやろうなどと思いつつ・・・