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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

お散歩4・20

天気予報によれば今日は後半からは雨だということだが、そんなことがまるで信じられないような清々しい朝である。薄氷堂さんの昨日の記事によれば、昨日の釧路は雪降りであったらしい。こちら大和でも2日前までの6月上旬の陽気から、昨日今日と冷え込み、3月下旬並みの気温に後戻りしたらしいが、日射しは、やはり4月中旬、もはや初夏と呼んでもいいほどの輝きを放っている。

そんな陽射しに誘われて私は家を出る。

いつも通り家の裏手の方から平等寺へと続く坂を上る。件の空き家は相変わらず空き家のままで荒れ放題である。

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前栽は荒れ放題に荒れ、雑草も樹木も周囲にはばかることなく自らの生を主張している。よくよく見れば、その荒れ具合にもそこはかとない風情は感じられないでもないが、

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このような眺望を独り占めできるこの物件が、もう何年も空き家のままであることが残念でならない。もし私にいくばくかのたくわえがあればと思うのだが、そのためには・・・私はこれまでの人生においてあまりに多くのアルコールを消費しすぎた。

さて、いつまでも感傷にひたってばかりいられない(笑)。さっさと平等寺まで上り詰める。

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ご覧の通り、端正な・・・実に端正な伽藍がその山門越しに見える。いつもならここから道を北上し、大神神社へと向かうのだが、今日はここを南下してみよう。上の写真は東を向いて撮った写真であるが、同じ場所でこれから私が進もうとしている南を向くと

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平等寺と隣接する竹林との間に実に心細い道が・・・

これもまた山辺の道である。

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私はしばらくこの林間の道を進む・・・が、それはそんなに長い時間ではない。ほんの5分ごろであろうか。ひらけた場所に出る。そして、それまで道を覆っていた木立の南の端に、志貴御県坐(シキノミアガタニイマス)神社はある。祭神は天津饒速日(アマツニギハヤヒノ)命。神武天皇よりも早くに大和に降臨していた神として有名で、物部氏の始祖である。

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写真に見えるのは拝殿で、その奥に本殿がある。建物自体そんなに由緒のあるもののようには思えないが、周辺の神さびた雰囲気、さすが第10代の崇神天皇の磯城瑞籬(シキミヅカキノ)宮の跡地として伝えられている場所である。

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狛犬さんも建物と同様そんなに古いものとは思えないが、これぐらい古びてくれば周囲の持つ神さびた雰囲気となじんで見える。

両の手を合わせ、深々と頭を下げた私は金屋の集落を目指す。以下の写真はそんな道すがらに見つけた花々・・・である。

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実に清楚な色合いの五弁の花びらを持つ花である。

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遠目にはレンゲに見えたのだが・・・違っていた。

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以前は、この辺りでは見られなかった花だがここ数年妙に幅を利かせるようになってきた。

・・・以上、花の名は記さずにおいた。ひとえに私の無知のたまもので、他に意図はない。善意の方がおられれば、花の名を教えていただければ幸いである。

ところで、金屋の集落にたどり着いた私はしばらくその古い街並みを鑑賞した後、その街並みのはずれで下のような可憐な花を見つけた。

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さすがの私もこの花の名だけは知っている。

アケビの花である。

実は「見つけた」というのは嘘であって、初めからその場所にこの花を目指して歩いていたのだ。いつもいつも、この場所にはこの花が咲いている。私はいつもひそかに秋の実りの時期を待つ。しかし・・・綺麗好きなこの土地の持ち主が、夏過ぎにはこの場所の草をきれいさっぱり刈り取ってしまうのだろうか・・・私のひそかな楽しみは、毎年のように初秋には潰えている。

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