大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

青の憤怒・・・上

つい最近まで、様々な色彩の緑でモザイク状に飾られていた山々であったが、5月も下旬に入れば、その全てが濃い緑へと変化しだす。そんな5月下旬の週末、私は吉野山を目指していた。全国的に桜の名所で知られる吉野山は高地であるが故、その桜の時期は平地よりも幾分遅い。かといって、5月の下旬にはもう全てが葉桜となっている。

ならばなぜ私は吉野山を目指したのか・・・

種明かしは後ほどにおいておくとして、吉野神宮の少し手前に駐車場に車を止めた私は、県道15号線に従って、吉野山の、さらに奥へ奥へと歩き始めていた。道沿いの斜面からはその時節ならばさぞや美しかろうと思える山桜の木立が限りなく広がる。長く大和に棲息していながら、私はその満開の様を一度たりとも目にしたことがない。今はこれまで写真などで見たその満開の風景を眼前の葉桜の木立に重ね合わせるのみである。

歩き始めて5分、道の両脇に土産物屋やら旅館が見え始めてきたとき、左手に近鉄吉野駅から上ってくる吉野山ロープウェイの目に入る。日本最古のロープウェイである。日本最古と聞くとなにやらありがたみのあるような気がするが、ロープウェイの日本最古だけはなぜか遠慮したくなってくるのは私だけであろうか・・・

などと無駄口をたたくことはやめて目を正面に向けよう。

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黒門である。

この黒門は金峯山(キンプセン)寺の総門で、かつては大名でさえも槍を伏せ、下馬したという関所である。黒塗りの高麗門で、現存する門は1985年の再興ということである。

さらに奥へと進む。

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銅鳥居(カネノトリイ)である。この鳥居の向こうは修験道の聖地。俗界と聖地の境界を象徴するのがこの鳥居である。

吉野山から大峯山(その総称が金峯山)までの道のりには発心門、修行門、等覚門、妙覚門という、悟りへの4つの段階を象徴した門が建立されているが、そのうちの「発心門」にあたるのがこの鳥居である。鳥居の柱は蓮台の上に乗っているが、これは神仏習合の名残りである。東大寺大仏を鋳造した際の余りの銅で造ったという伝承があるが、現存するものは室町時代の再興である。そんな鳥居をくぐるにはちょいと覚悟がいるが、くぐったところで急に道の雰囲気が変わるわけではない。

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・・・が、立ち並ぶ土産物屋・旅館の間から豪壮な建造物が目に入ってくる。

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金峯山修験本宗総本山金峯山寺仁王門である。本堂(蔵王堂と呼ばれることが多い)の北側に位置する本瓦葺きの二重門で、その軒先に吊るしていた風鐸の銘から康正2年(1456)の再興とわかる。見上げんばかりのその巨大な建造物はその名が示すがごとく、怖い怖いお顔のお二人がこちらを睨みつけている。

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けれども、その仁王門を潜り抜け、蔵王堂とも呼ばれるこの寺の本堂には・・・

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それよりもはるかに厳しく鋭い眼光が・・・私を見据えていた・・・

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