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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

青の憤怒・・・下

壮麗な金峯山(キンプセン)寺の仁王門をくぐり抜けた私は、早速、蔵王権現のおわすこの寺の本堂・・・蔵王堂へと向かう。通常の寺院の本堂は、山門からみればその正面に、、参拝者を迎え入れるようにこちらを向いて建っている。けれども、この寺の本堂は違う。北を向いた仁王門の延長線からやや西にずれ、しかも山門に背を向けるように南を向いて建っている。山上の地に建つ寺院であるが故に、地形上の理由からその中心線がずれることは充分に考えられる。しかし、その向きが反対になっているのはなぜか・・・

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役行者によって開かれたこの寺の本堂は幾度も焼亡を繰り返しており、現在我々が目にするものは豊臣秀吉、秀長の寄進により再興されたもので、天正19年(1592)の建立のものである。高さ34m、奥行、幅ともに36m。木造の古建築としては東大寺大仏殿に次ぐ規模をもつ。

特筆するべきは内部の柱で、檜・松・杉・欅・躑躅・梨などの様々な樹木が、自然木さながら歪み、ごつごつとした樹皮をはがされただけの状態で林立している。まるで・・・今、自分が吉野の奥深い樹林の中にいるような錯覚におちいってしまう。そして・・・その内陣にある巨大な厨子に、この寺の本尊の三体の巨大な蔵王権現が鎮座されている。

この蔵王権現はこの寺の開祖役行者(エンノギョウジャ)が、吉野大峯山系において千日行を行っていた時、その一峰、山上が岳において感得した御仏で、インド・中国を経て我が国に渡来した経典にルーツを持たない御仏・・・すなわち、我が国オリジナルの御仏であるという。この金峯山寺の本尊は三体。その三体ともが、火焔を背負い、頭髪は逆立ち、目を吊り上げ、口を大きく開いて忿怒の相を表し、片足を高く上げて虚空を踏んでおり、見るものすべてを震え上がらせる威容を持つ。この御仏の前では嘘はつけない・・・そんな思いに陥ってしまう・・・そんな御仏である。三体の中央は釈迦如来(7,28m)。向かって右が千手観音(6,15m)、左が弥勒菩薩(5,92m)である。いつもは穏やかな優しい表情をなされている御仏であるが、濁悪に満ちたこの乱世にふさわしいお姿で・・・との役行者が願ったその時・・・たちまちにして雷鳴がとどろき、地が揺れ、大きな岩を割ってその姿をお示しになったのがこの三体の御仏であるという・・・

ところで、先ほど話そうとしてここまで言いそびれてきたことがある。なぜこの本堂が山門と背中合わせに南を向いているのか・・・という点についてである。

一言で言えば、この金峯山寺から南に広がる金峯山(吉野山から大峰山にかけての山岳地帯)を見守るためであると言えよう。今まで述べ来ったように、金峯山は修験道の行場。数多くの行者がそこにおいて自らの身中の魔を断つべく厳しい修行を繰り返す。御仏はそんな行者たちを見守っているのである。厳しく・・・そして優しく・・・

さて、今は残されてはいないが、この蔵王堂の南側にも一つ山門が立っていた。二天門と呼ばれるこの門は蔵王堂に正対して立っていたと思われるが、その昔、行者たちはこの寺において三体の権現仏に祈りをささげた後、霊場へと赴いていたのではないか・・・そんなふうに思う。

そして、その二天門の辺りから振り返り見た蔵王堂がこれだ。

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手前に石で囲まれた4つの区画とそこに植えられた桜の木がが目に入る。これは・・・鎌倉幕府が瓦解した後、この国の皇室に訪れた危機、南北朝の並立期の悲話にまつわるものである。四本桜と呼ばれるそれは、元弘3年(1333)、北条軍に攻められた大塔宮護良親王が最後の酒宴を催した故地とされている。

吉野という地名は・・・日本の歴史を振り返る時、しばしばその節目に登場する。そのさいたるものは、壬申の乱前夜の大海人皇子の隠棲の地としてのそれである。詳細をここで述べることはできないが、天智天皇が病に倒れた後、身の危険を感じた大海人皇子は、出家し、わずかな身の回りのものと吉野にこもってしまう。そして・・・吉野脱出・・・壬申の乱とつながって行く。天武朝の全てが吉野において始まったのである。そしてそのことを意識してか・・・その妻持統は吉野の地に30回を越える行幸を行った。

最後に・・・この金峯山寺の御本尊、蔵王権現の御姿は、私たちが日頃御仏に抱いているイメージをすべて覆すものであることは上に述べたとおりである。出来れば、その御姿を皆さんにお示ししたくもあるが、こういった場所の通例として堂内は撮影禁止である。また仮に撮影ができる状況にあったとしても、私にはこの御仏にカメラを向けることは到底できそうにない・・・だって、怖いんだもん・・・。

したがって、どうしてもこの寺の御本尊にお目にかかりたいという方は吉野山に足を運んでいただくほかはないが、この三体の御仏は秘仏であるが故、日ごろは堂内の御厨子の中にあってその御姿を拝むことはできない。私がこうやってその御姿に接することが出来たのは、特別開帳の期間中であったからでその期間も今日(6月9日)で終わる。今度いつ開帳されるかはわからない・・・

ということで、それでもどうあっても蔵王権現に会いたい・・・という方は下記のリンクをクリックしていただければと思う。JR東海の製作したCMムービーが30秒のものと90秒のものとが見ることが出来る。

http://nara.jr-central.co.jp/campaign/adgallery/kimpsenji/

このサイトはなかなかすぐれたサイトで(下にこのサイトのトップページのURLを示す)・・・何処を見ても大和の魅力満載である。写真や動画も美しいし、解説も極めて的確である(と私は思う)。いちどゆっくりご覧いただきたい。

http://nara.jr-central.co.jp/index.html

http://nara.jr-central.co.jp/campaign/kimpsenji/index.html金峯山寺篇トップ)

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