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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

珍客訪問

先週末の夜のことである。我が家にそれはそれは珍しいお客さんがやってきた。

子供たちは例によって2階の自室に引きこもり、妻は所用にて外出。私は今で一人テレビを見ていた。私がのどの渇きを潤すために冷蔵庫の冷やしてあるミネラルウオーター(これがビールでないのは車に乗らなければならぬ用事がひかえていたため)を飲むために台所兼食堂として使っている部屋の引き戸を開けたときのことである。

その部屋の反対側の裏庭に抜ける出入り口にしているサッシ戸の曇りガラスに小さな青白い光が点滅している。私は一瞬、居間から差し込む何かの光(たとえばコンピュータのデスクトップの光)が、両室の間で回っている扇風機の間を通過し、曇りガラスにこんなふうに映っているのではないかと思い、振り返った。しかし、そのモニターは閉じられており、その光が映ったものとは考えられない。

私はそのガラス戸に近寄り、その仄かな光の出所を確認しようとした。光源はどうやらその曇りガラスの裏側に張り付いているらしい。直径は・・・そう、5mmほどであろうか。そして、その直径5mmほどの光源から発せられた光は、周囲を照らし、3cmほどの光の円として私の目に映る。

もしやと思い私は静かにそのサッシ戸を開け、その裏側をのぞき込んだ。体調1cmに満たないような小さな・・・見慣れた(しかし、そういつも目にするわけでもない)昆虫が、曇りガラスに張り付き、その尾部が青白く明滅しているのであった。

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・・・蛍だ・・・

私が今の家に住み始めてもう20以上の夏を過ごしてきたが、こんなことは初めてだ。第一我が家には、蛍が訪れるような環境にはない(これは自信を持っていえる)。お世辞にも都会とはいえぬ町であるにしろ、住宅は建て込んでいる。しかも我が家の裏を流れるのは、蛍が飛び交うにふさわしい清流ではない。我々の生活排水を引き受け流れゆく(悲しいことに我が家周辺は未だに下水管が通っていない)、どぶ川といってもいいほどのささやかな、そして薄汚れた流れである。

こんな場所に蛍が生息するはずはない・・・今日は風が強い・・・どこからか、風に乗って飛んできたのだろう・・・と私は考えた。そして、この珍客の放つ青白い明滅をしばしの間、楽しもう・・・そう、妻が帰ってきたら見せてやろうと思い、その仄かな光を放つ昆虫を捕まえ、食堂のテーブルの上に置いた。子供が大きくなった今、我が家には虫かごなどはない。仕方がないので急須にはめ込むための茶こしをその上に伏して虫かごの代わりにした。

ややあって、出かけた妻を迎えに、駅まで車を走らせ、そして妻とともに家に帰る。食堂のテーブルの上のことについては何も言わない。そして、今に戻った私は、妻を連れて食堂へ・・・そのときにすべての照明を消すことは忘れない。

急にすべての照明を消したことに妻は一瞬驚いたが、その驚きの対象はすぐにテーブルの上の青白い明滅に移った。そのあと私と妻の交わした言葉は夫婦間のことである故、秘密である。

そして・・・その直後私の脳裏に一つの疑惑がよぎった。いくら風が強いといっても、蛍が飛び交うような清流からはかなり距離がある。そんな長い距離をこんなささやかな昆虫が何を求めて我が家まで飛んできたのかと・・・

先ほどは「こんな場所に蛍が生息するはずはない」と書いたが、私はもしかしたらとの淡い期待を抱き、裏庭に回り、その北側を流れるどぶ川をのぞき込んだ。ここ数日雨が降らぬせいで流れはよどみ悪臭を放っている。けれども・・・・見下ろした暗がりに仄かに青白い光がいくつか・・・

規則的に点滅するものが二つ、そしていっそう仄かな点滅を伴わない光が三つ。すなわち、雄の蛍2匹と雌のそれを3匹、私は確認した。梅雨の夜の不快さを忘れさせてくれるささやかな命がそこに確かに生息していたのだった。そうなれば、我が家に確保したその一匹を仲間の元に返さねばならぬ。私は食堂に戻り茶こしの中に明滅するそれを大事に手のひらにのせ、その暗がりの中に放った。

それにしても、こんな場所に蛍とは・・・

上記のようにこの場所に住み始め20年以上、蛍の姿などは一度も見たことはなかった。それなのになぜ今年は・・・ひょっとしたら今までも蛍たちは我が家の裏を流れるこのどぶ川に密かに光を放っていたのかもしれない。けれども、そう考えるにはあまりに劣悪な環境・・・この事実をどう受け入れるべきか。私は未だその答えを持たない。

ところで蛍といえば私などはすぐに和泉式部

男に忘られて侍りける頃貴ぶねにまゐりてみたらし川に螢のとび侍りけるを見て詠める もの思へば澤のほたるも我身よりあくがれ出づる玉かとぞみる

拾遺和歌集巻20 1162

なんてのをすぐに想起してしまう。専攻した万葉集の歌の理解すら当てにはならない私であるから、それから遙かに時代の下った和泉式部の歌に対する解釈はさらに当てにはならないが以下に少々思うところを述べてみたい。眉につばをつけてお読みいただきたい。

「あくがれ」は今の「あこがれ」の古形。本来あるべき場所を離れさまようことを示す語。仄かに明滅するあの光を自らの体内からさまよい出でたる魂と見たのである。恋を失い煩悶する我が魂。貴船の神の力を頼りに鎮魂しようとでもしたのだろうか・・・この歌が貴船の神に詣でる途中の作なのか、詣でたあとの作なのかは知らぬ。「みたらし川に」とあるから、これからここで身を濯ぎ神前に出る前なのか・・・けれども、蛍の飛ぶような暗闇の中わざわざ貴船に向かうとは思えぬ。となれば、詣でたその帰り道か・・・とすると、貴船の神の力及ばず彼女の魂は鎮まることなく、本来あるべき場所からさまよい出でたままということになる。

ほかにも古典作品の中にはいくつか蛍の姿が描かれている。

有名どころでは枕草子

夏は夜、月の頃はさらなり。闇もなほ螢飛びちがひたる雨などの降るさへをかし

源氏物語にも、源氏物語の「帚木」に

風涼しくて、そこはかとなき虫の声々聞こえ、螢しげく飛びまがひてをかしきほどなり

とあり、さらに「螢」には

螢を薄きかたに、この夕つ方いと多く包みおきて、光をつつみ隠したまへりけるを

と出ている。

やや時代を遡れば伊勢物語

むかし、おとこありけり。人のむすめのかしづく、いかでこのおとこにものいはむと思けり。うちいでむことかたくやありけむ、ものやみになりて、しぬべき時に、かくこそ思ひしか、といひけるを、おやきゝつけて、なくなくつげたりければ、まどひきたりけれどしにければ、つれづれとこもりをりけり。時はみな月のつごもり、いとあつきころをひに、よゐはあそびをりて、夜ふけて、やゝすゞしき風ふきけり。ほたるたかうとびあがる。このおとこ、見ふせりて、 ゆくほたる雲のうへまでいぬべくは秋風吹とかりにつげこせ くれがたき夏のひぐらしながむればそのことゝなくものぞかなしき

45段

なんて話も残っている。

いっきに奈良時代まで遡る。万葉集には

この月は 君来まさむと 大船の 思ひ頼みて いつしかと 我が待ち居れば 黄葉の 過ぎてい行くと 玉梓の 使の言へば 蛍なすほのかに聞きて 大地を ほのほと踏みて 立ちて居て ゆくへも知らず 朝霧の 思ひ迷ひて 杖足らず 八尺の嘆き 嘆けども 験をなみと いづくにか 君がまさむと 天雲の 行きのまにまに 射ゆ鹿猪の 行きも死なむと 思へども 道の知らねば ひとり居て 君に恋ふるに 哭のみし泣かゆ

萬葉集卷十三/3344

と詠み込まれている。「ほのかに」の枕詞として用いられているが、その光の様子からきていることはすぐに了解できるであろう。もう一つ、日本書紀神代の巻下にも

然るに彼地み火光神(ホタルヒノカカヤクカミ)、蠅聲(サバエナス)邪(アシキ)神多(サハ)に有り。草木咸(コトゴト)く能(ヨ)く言語(モノイフ)こと有り。

と登場している。螢火光神がどのような神かは知らぬが、それに続く蠅聲邪神、有草木咸能言語とから考えると、あまり良い神様とは言えぬようだ。天孫が高天原から天下ろうとしたときのこの国の様子であったのだ。したがって、天孫がそのまま天下ることはできない。先兵がまずこの国を平らげねばならない・・・その象徴が出雲においての国譲りであった・・・

以上、少々学にあるところをひけらかしてみた(笑)。能ある鷹は爪を隠すという言葉が真実であるならば、上の記述は私の無能さを示す行為に他ならない。けれども、知ったことは口に出さずにはいられない我が性分。学生の頃我が師匠からは10を学んだならば、そのうちの2だけ語れと口うるさく教えられてはいたのだが、この性分だけはどうにもならなかった。今日この駄文にお付き合いいただいた諸兄・・・どうか寛恕せられよ・・・・

あれから5日。蛍は今日も青白い光を放ち続けている。そして、その生息地たるどぶ川も、仄かなる悪臭を放ち続けている・・・・

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