大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

帰郷2012・・・2

震災後、初めて私の郷里を訪れた妻と息子たちに、変わり果てた東松島市野蒜の様子を一通り見せた後、その一角にある我が家の墓所を訪れた。不覚にも線香を購入することを忘れていた私たちは墓前に手を合わせることしかできなかった。それが大体午後2時半。それから、私たちは何人かの懐かしい人々の顔を見るために、あちらこちらに車を走らせる。

そして6時。あらかじめ打ち合わせていた東松島市内の寿司屋にて兄と会食。食べたものを写真でご紹介したかったところだが、宮城の海の幸は私に写真を撮る暇を与えない。目の前に用意されていた・・・そしてあとからあとから運ばれてきた料理達はあっという間に我が腹中に消えてしまった。仕方がないので思い出せる限りを以下に記す。

(酢でしめたもの) 葡萄海老(甘くとろりとしている。甘エビとは比べ物にならぬ量感がある) (生のものではなく少々手を入れてある。小ぶりの切り身ではあったが、柔らかく滋味あふれるものであった) 雲丹軍艦巻きではなく通常の握り。私は普段雲丹を好まないが郷里の雲丹だけは別である。甘く臭みが全くない) (いわゆる中トロの部分か・・・とろりと溶けて行く甘みは極めて上質のものであった) 穴子(これが今回の帰郷で私がもっとも食べたいものであった。身は厚く、とろけるような甘味は口中で飯粒を完全に包み込み渾然一体となる) 卵焼き 筋子巻(筋子を海苔巻きにしたもの。筋子は私の好物である。いくらよりも私はこちらの方を好む) 上の葡萄海老の頭を焼いたものカリカリ・・・香ばしさがたまらない) 宮城県南三陸町は西の明石と並んで蛸の産地として有名である。柔らかく、まことに食べやすい)

・・・と、以上が覚えている限りではあるが、他にもかなりのものを食べて、私の胃袋は許容量の限界に達した。

ここまで書いてきて、いつも私のブログにおいでの方なら・・・「じゃあ、酒は何を飲んだんだ?」とお思いかと思うが、残念ながら私はこれだけのおいしいものを前にアルコール類を一滴も口にしなかった。東松島市内、あるいは隣の石巻市内に宿がとれていれば、そうしたであろうが・・・この夜は、残念ながらこの夜は仙台市内のホテルしかとることが出来なかったのだ。東松島と仙台を結ぶJR仙石線はいまだ途切れたままである。となれば、1時間半は車を走らせなければならない。飲みたいのは山々であった(この寿司屋のドリンク類のメニューには喉から手が出そうな銘酒がずらり)が、ここで欲望に負けて一家を路頭に迷わすことはできない。ぐっと我慢して、2本のノンアルコールのビール風飲料の缶を傾けただけで、食後私は家族とともに、仙台に向けて車を走らせた。

ホテルは仙台駅のすぐ横。この日の夕食時は上記のような理由で酒を飲めぬことがあらかじめ分かっていた私は仙台についてから街に繰り出し1杯・・・という予定でいたのだが、なにぶん寿司屋で食べ過ぎた。それでも少々のアルコールは飲まねばならぬ(笑)。ホテルでビールを買えば高くつく。ということで、私はホテルを出て近くのコンビニで缶ビール1本とウイスキーの小瓶を1本を購入。部屋に戻り、喉を潤した後就寝。

翌朝は6時前には目が覚めた。朝食は7時からである。これが温泉宿であるなら、ひと風呂浴びて朝食ということになるのだが、残念ながら泊まったホテルにはそんな浴場はない。退屈しのぎにホテル周辺を散策する。

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まずはホテルの面する広瀬通杜の都の名にふさわしく、仙台の町のメインになる通りはかように街路樹の緑が豊かである。

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そして、青葉通り。仙台駅から青葉城のある青葉山に向かってまっすぐに伸びる仙台のメインストリートである。この豊かなケヤキ並木を見た後、私たちはホテルに戻り朝食を摂ったのだが、夏の朝ですでに気温が上昇し始めていたとはいえ、これだけ緑が濃ければあたりに漂う空気は実にさわやかである。そんな空気に包まれた後の朝食がまずいわけはない。またしても食べ過ぎてしまった。

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