大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

帰郷2013・・・7

宿に着いたからには、あとはお決まりの行動。部屋に用意してあるお茶をまず一杯。そして、窓際のソファーに座り窓からの眺望を楽しむ。

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穏やかな・・・実に穏やかな海である。湾口幅約6.5km、奥行き8kmの志津川湾である。湾内では牡蠣・海鞘(ホヤ)・ワカメ・銀鮭の養殖がおこなわれており、豊かな幸を人々にもたらしてくれている。こんな静かな海が、あの日、魔物と化したのである。この写真のでなんとか確認できる幅6.5㎞の湾口の向こうから昏く冷たい波濤はやって来た。そして、その湾に面した黒崎の断崖上に築かれたこのホテルもその洗礼を受けずにはいられなかった。

もちろん海に面しているとは言っても、海面からやや高い位置に築かれたこのホテルであるから、施設の全てが波に洗われたわけではない。下層の階はその直撃を受けたものの、フロントのある3階から上は宿泊施設としての機能の全てを失うことはなかった。とはいえライフラインの全てが途絶し、食料の補給もままならなかったのはいうまでもない。

・・・そんな状態ではあったが、被災当日宿泊していた観光客、そして避難してきた地元の人々・・・500は下らない人数をこのホテルは何日も何日も守り続けた。避難所をとしての機能を果たした後も、この近辺唯一の、大規模な宿泊施設であるこのホテルは、以降、復興のためにこの地に訪れるボランティアの宿泊施設として重要な役割を果たすことになるが、その奮闘の様子は以下の文章をお読みいただきたい。

南三陸町・ホテル女将「町民を救った180日間」

当ホテルブログ「ときめきピチピチ便り2011・3月」

ただただ頭が下がる思いである。こういった危機的場面において発揮されたホスピタリティーが日常の場面において発揮されないわけがない。私たちは真にもって心地よい一晩を過ごせたことはいうまでもない。

さて、一杯のお茶をすすりながら窓からの絶景を楽しんだ後の流れは、これもまたおきまりである。まずは入浴。蔵王に登り(自動車で)、焼け付くような炎天の下、ひまわり畑を歩き回った今日一日の汗を流す。そうしなければ、一番お楽しみでもある夕食のひとときを心地よくは過ごせない。このホテルには浴場が東館(新館)と西館(旧館)にそれぞれ1カ所ずつあるが、この時入ったのは西館部分のそれ。旧館部分の浴場とはいえ、それほど古くは感じないが、広さは・・・ちょいと狭い。けれども、他に入浴中の客は2人のみ。ゆったりと楽しむことができた。

次はいよいよお楽しみの食事。私たちは指定された会場に向かう。会場係は実にきびきびとした様子で私たちを席へと導いてくれる・・・

席で私たちを待っていたごちそうは・・・

ズワイガニ一肩(この季節であるから当然冷凍物、いわゆるブランド蟹ではないが、それでも日常の食事で滅多のありつけるものではない。心していただく。) お造り3種(正確な中身はちょいと忘れてしまった。きわめて新鮮だったという印象だけが残っている。) 殻付きウニ(殻のままのウニにスプーンを突っ込んで食べるという趣向。ウニは苦手な私ではあったがおいしく食べられた) あぶりサンマ(開いたサンマを炙って酢漬けにしたもの。このホテルの母体である阿部長水産の商品。ほんの三切れのみであったのが残念。)

他にいくつものお皿が並んでいた記憶はあるのだが、なにせもう一月以上も前のこと、忘れてしまったものが多い・・・が、忘れようにも忘れられないのが次の二品。

アワビの姿焼き(生きたアワビを卓上のコンロに乗った鉄板で焼いたもの。奈良で買ったならば3000円以上はするような大きさのアワビが鉄板の上に乗っている。コンロの固形燃料の火が消えた頃が食べ頃で、焼き上がったところにバターをのせて食べるのがミソ。食べるには備え付けのフォークとナイフを使う。見事な大きさのアワビゆえ、大和の地にあっては見たことのないような分厚さに切って口に運ぶ。心地よい弾力だ。口に入れた瞬間、さっと広がるバター風味の後、野性味あふれる磯の香りが口中に広がる。そして、肝。これは大和では滅多に口にできない代物。滋味あふれる苦みがたまらない・・・このアワビが、かつて大海に暮らしていた頃、その海から取り込んだ全てを、私の体内に取り込んでいるような錯覚に陥る。) ウニの炊き込みご飯(上のアワビと同じように食卓においてあったコンロにて、食事のはじめから炊き始めていたもの。これは固形燃料の火が消えてしばしたった頃が食べ頃。釜のふたを開くと、磯の香りが漂う。一面に敷き詰められたウニで飯粒の姿は見えない。備え付けの小さなしゃもじでかき混ぜるとたこの切り身がごろごろと姿を現す。志津川はたこの名産地でもある。こんな炊き込みご飯がうまくないはずがない。私は釜にお焦げの一粒も残さずにいただいた。)

さて、これほどのごちそうが目の前にあったのだから、その合間に私が何回か杯を傾けたのは必然。まずはビールにて風呂上がりの渇きを癒し、冷えた清酒を注文する。銘柄は一の蔵の辛口。私の好きな浦霞がなかったの残念ではあるが、これもまた宮城を代表する銘酒。きりっとした味わいと、控えめな香りがごちそうの味わいをいっそう豊かなものにしてくれた。

余談を付け加えると、この一の蔵はかつて1級・2級といった等級が清酒にあった頃、あえてその監査には製品を提出せず全ての商品を2級として販売していた。監査に出して1級と判断が下ると、その分税率が上がる。その税金は品物の値段に反映される仕組みになっていたのだが、この蔵はそれを嫌い、出来るだけ安い値で自社の製品を我々に届けようとがんばり抜いてくれた蔵である。かつて「酒は2級がうまい」という言葉をよく聞いたが、それはこのような蔵元の製品をさしていうことであって、全ての銘柄に通じる物言いではない・・・

すっかりと三陸の海の幸を堪能した私たちは、その後ホテル内の土産物屋を冷やかしたあと部屋に戻る。あれほど食べた後なのにまだ胃は軽い。かといって、けっして物足りないというわけではない。心地よい満足感がそこにはあった。そんな満足感の余韻を味わうべく、私は昨日購入したウイスキーの小瓶のふたを開ける。冷蔵庫に氷はない・・・先ほど売店で購入しておいたミネラルウオーターをチェイサーにして、生のままのウイスキーを一舐め、二舐め・・・

静かな・・・静かな眠りについた。

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