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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

正暦寺で紅葉を見る

今日も続けての紅葉見物だ。

先週の週末、私は車を北に走らせていた。目的地は奈良市の南端、天理市との境にある正暦寺。その名もゆかしき菩提山町(ボダイセンチョウ)にある寺院だ。古人が奈良の東山一帯を釈迦修行の聖地に見立て、鹿野園(ロクヤオン)・誓多林(セタリン)・大慈山(ダイジセン)・忍辱山(ニンニクセン)・菩提山と名付けた五大山の一つである。

天理の市街地を抜け、窪之庄南の交差点を右に曲がる。大和盆地東部の山並みから、盆地部に向けて伸びる二つの丘陵(見方によっては丘陵とは言えないほど低い)に挟まれた、のどかな田園地帯が広がる。道はしばらくの間、真っ直ぐ東に延びる。いくつか分かれ道があるが、気にせずに東に東にと進む。

菩提山川が見えてくる。

ここでハンドルを左に切って、北東へと方向を変え菩提山川にそって、上へ上へ・・・かなりの距離を山中に分け入る。そしてその突き当たったところに菩提山真言宗 大本山 正暦寺はある。錦の里の名で知られるこの寺は紅葉の名所として知られているが、車を降り、歩きはじめてまず目に付いたのがこれだ。

正暦寺1

日本清酒発祥之地」とある。

そう・・・ここ正暦寺こそ清酒(日本酒と言い方は私は好まない)の発祥の地なのである。

元来、寺院での酒造りは禁止事項であるが、神仏習合という我が国独特の信仰の形態のためか、その鎮守に献上するための酒を寺院においてで自家製造されるようになった。これを僧坊酒と呼ぶが、正暦寺はその僧坊酒を大量に作る筆頭格の大寺院であった。

当時の正暦寺では、仕込みを3回に分けて行う三段仕込み、麹と掛米の両方に白米を使用する諸白(モロハク)造り、さらには酒母の原型の「菩提酛造り」、そして腐敗を防ぐための火入れ作業など、近代醸造法の基礎となる酒造技術が確立されていた。 それがゆえに南都諸白こそが、現代清酒製法の祖とされ、このことから、正暦寺こそが現在の清酒造りの原点と言われている。

正暦寺2

となれば、我等左党にとって、仇や疎かにできないお寺であることは明白。

ということで、早速そのご本尊のおわす本堂へと急ぐ。正暦寺3

正暦寺4

まだ尚早という時期ではあったが、それでもかように美しい紅。錦の里との異名は伊達ではない。聞くところによれば、この山内には3000本を越える楓、そして1000株以上の南天が赤い実をつける。

・・・らしい。

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本堂に続く石段である。石段は観世音菩薩の誓願の数にちなんで33段、阿弥陀如来の誓願の数にちなんで48段、合計81段。少々きつくもあるが、この石段をすべて登りきることで、観世音菩薩と阿弥陀如来のご加護を受けられるという。

上らずにはいられまい。

正暦寺5

石段を上り詰めた先にある本堂は、まことに質素な作りのささやかな御堂であった。それがまた山深いこの里にまことに似つかわしくもある。

かつて正暦寺は、創建当初は、堂塔・伽藍を中心に86坊、一条天皇勅願寺として、それにふさわしいだけの威容誇っていた・・・が、治承4年(1180)、平重衡の南都焼き討ちの際、とばっちりで全山全焼。寺領は没収され一時は廃墟と化す。

建保6年(1218)、興福寺一乗院大乗院住職信円僧正が法相宗の学問所として再興・・・以降の流れは省略するが、江戸時代以降は衰退、ほとんどの堂塔・伽藍は失われてしまった。現在では、福寿院客殿と本堂・鐘楼を残すのみとなっている。

この本堂は、大正5年(1916)に再建されたもの。幸運にも私が訪ねたその日、日頃は秘仏としてお会いすることのできない本尊薬師如来倚像(白鳳時代)のが特別公開ということもあって、この本堂の真ん中にお座りになっていらっしゃった。

正暦寺6

大正15年(1925)再建の鐘楼である。これもまた実に素朴な作り。あらゆる装飾を排除したその姿は、だからこそその背景によくなじむ。

正暦寺8

さて、さて先ほどの石段のすぐわきの石塔群。歴代のこの寺の僧侶の御霊を祀るものであるという。

正暦寺9

これが菩提山川。この日は雨のせいでささ濁りといった風情だったが、日頃の菩提山川は清冽そのもの、南都諸白の仕込み水として使われていたという。もちろん今はここで酒造りは行われていないが、県内のいくつかの酒蔵がその手法を用いての製品を造っている。

 

さて・・・紅葉はさておき、この寺で最も賞玩するべき場所は・・・

正暦寺10

福寿院である。

正暦寺に来山した際に最初に見える建物がこれだ。延宝9年(1681)に建替え・建立された建物で、上壇の間を持つ数寄屋風客殿建築で、重要文化財に指定されている。

正暦寺12

上がり框から上に上がる。

正暦寺14

おわかりだろうか・・・

縁の先にしつらえた庭園は、下の写真のような築地によってしきられている。そのしきりの築地の高さは・・・上の写真でもわかるように、人が座った際の目の高さと同じになるように設定されている。

その上の部分の景色は、菩提山川を隔てた向かいの山の景色である。それが、しきり築地の内側の景色と何の齟齬もなく続いている。

・・・・借景というやつである。

美しい・・・まことに美しい・・・いにしえのこの国の人の美意識と知恵とを・・・ほんの少し・・・知り得た気持ちになった。