大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

顔よき子らも、 頼まずなりぬ

今日は年末恒例の人間ドッグ。昨夜は酒も飲まず、午後8時以降は固形物の一切を入れず我慢の良い子。朝は早くから朝食もとらずに電車に乗り込み病院へ・・・。まだ簡易の結果ながら、我慢の甲斐もあって少々(?)太りすぎという点を除けば、まずまず良好。帰り際にお医者さんに「明日と言わず、今日から運動を始めましょう・・・」と言われたぐらいであった。

であるから、今日は昨日のがまんにご褒美で、いつもは一本の缶ビールを2本、それにいつもの通りの清酒(今日は富山の銘酒「幻の瀧」)でいい気分でこうやって書いている。 おそらくはこれが今年最後のアップということになるだろうから、今年のまとめ的な記事にしなければならないとは思うのだが、いったい何をどうしてまとめたらいいのやら・・・そうそう、今年は久しぶりに郷里の宮城に家族を連れて帰ることが出来た・・・とか、カミさんの出した手紙がテレビで読んでもらったとか・・・長い春を過ごしていた甥っ子がやっと結婚したとか、色々と個人的にはうれしいことはあった。

・・・が、社会・・・この国のありように目を向ければ、様々なメディアから入ってくる情報には目をそむけたくなるようなものがいくつもあったことは事実だ。 そんな中の1つ・・・そして最も唾棄すべき出来事は、東京やら大阪の一部を中心に繰り広げられたヘイトスピーチがある。背景には様々な理由があるのだろうが、理由が有無に関わらず許せないものは許せない。というよりは恥ずかしい。ああいう輩がますます増えてくるようだったら、はっきり言って私はこの国を愛せなくなってしまう。おそらく彼らの多くは自分たちのことを愛国者であると思っているのであろうが、自らの国の尊厳を傷つけるものがなんで愛国者を名乗ることが出来ようか・・・

殴った相手を批難できる権利を所有しうるのは、その相手に対して非暴力を貫いたもののみである。殴り返してしまえば一切の批難する権利は失われてしまう。同列に陥ってしまうのだ・・・ 言いたいことは山ほどある・・・けれども・・・ガラにもないことをだらだらと書き続けるよりは、他力本願ではあるが、折口信夫の次の一首をお示しし、この一文を終えた方ほど我が意に近いものになるだろう・・・


國びとのウラさぶる世にひしより、

顔よき子らも、

頼まずなりぬ

大正十二年の地震の時、九月四の夕方こゝ注1を通つて、私は下谷・根津の方へむかつた。自警團と偁する團体の人々が、刀を抜きそばめて私をとり圍んだ。その表情を忘れない。戦爭の時にも思ひ出した。戦爭の後にも思ひ出した。平らかな生を樂しむ国びとだと思つてゐたが、一旦事があると、あんなにすさみ切つてしまふ。あの時代に値(ア)つて以來といふものは、此國の、わが心ひく優れた顔の女子達を見ても、心をゆるして思ふやうな事が出來なくなつてしまつた。

注1・・・増上寺山門

折口信夫による自歌自註。『日本近代文学大系 46巻 折口信夫集』)


※私はこのブログを趣味に遊ぶ場としたいと考えている。「紅旗征戎吾が事に非ず。」とは藤原定家の言葉であるが、あまり世俗のことは、この場には持ち込まないようにと意識しているのだが、年の暮れ、最後の最後ぐらいは「まあ、いいか」とついつい書いてしまった。まあ、それだけこの件に関してはこの一年の間(あるいはもっと)、苦々しく思い続けていたからだ。

そこに、折口信夫の上の一文に出会い、歌人であり、民俗学の泰斗でもある彼の権威にすがってみた。来年の暮れの一文は、こんなことを書かずに済むような一年であってほしいと願う次第である。

それでは・・・皆さん良い年の暮れを・・・