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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

近況報告をば一つ

最近更新が滞っている。

体調を崩しているわけではない。ましてやインフルエンザ等ではない。いたって健康である。ならば、仕事の方が忙しいのかといえばそうでもない。第一、私がそんなに一生懸命仕事をするはずがない。

全てはこいつのせいである。

万葉集に詠まれた桜井レジメ

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以前申し上げたように、「万葉集」と私の住んでいる「桜井」の関わり合いをテーマとして、人前でしゃべらなくてはならなくなった。もう、1週間先にその日が迫っている。私の拙いお話を聴いて下さる、奇特な方々に出来るだけ丁寧な資料をと思い、そちらに時間をとられていた。みなさんがすでにご承知のとおり、誤字脱字はもとより、物事を適当に記憶しているが故の的外れな誤りが多い私のことゆえ、紙の資料となって残る、この資料は出来るだけ誤りのないものをと心がけたがやはり自信はない。もしお暇で、上のリンクをクリックなさるような時間のある方は、一度ご覧になってお気づきになったところをお知らせいただければありがたいと思う。

 

ところで、最近この拙いブログにおいで頂いている皆さんの傾向を一つ。

もっともアクセスが多いのは、もちろん新たに更新された記事に対してであるが、それはいつもおいでくださっている皆様のアクセスであることおおよその想像はできる。まことにありがたい限りである。以下はそれ以外の検索エンジンを通しての訪問についての傾向である。

先日お話した「当麻寺」に関わっての記事や、ここ数日においては卒業式の式辞に関わる記事が目立つことは目立つのだが、それは前者ならばJR東海のCMが放送されたであろう直後という限定的なものであるし、後者のものであるならば、世の中の卒業式シーズンの直前という・・・これまた期間限定のものである。

このブログを始めてからのトータルで見ると、その上位は固定ページに置いてある「大津皇子と大伯皇女」、そして「高橋和巳という作家」という記事へのアクセスが、その1、2位を爭っている。まあ、そうはいってもそのアクセス数は一日に4~5件程なのだが・・・・しかしまた、これがまた欠かさずにあるのだ(この傾向は最近特に顕著だ)。

このうち前者はその理由が分からないでもない。その記事の出来の良し悪しはともかく、幾分なりとも大和や万葉集に重きを置いて更新を続けているこのブログではあるし、大津皇子の悲話といえば万葉集・・・いや古代史フアンの方々にとっては忘れることの出来ない関心事。

けれども・・・高橋和巳は・・・

私の文章自体はは公開し続けることすら避けたいほど拙く内容も空疎なものではあるが、これまた目をつぶっていただきたい。私の興味の向く先は、今のこの社会のおいていまだに「高橋和巳」というキーワードで検索をかけている方がおられるというところにある。しかも毎日欠かさずに・・・

今の世の赴く所は、おそらくは高橋和巳の志向した世の在り様とは正反対の方向に進んでいるように思えてならないのだが、大多数の意志がその事を志向していることが、世の在り様を決定するという前提に立つならば、今の世を構成している人々にとって高橋和巳は時代遅れの遺物に過ぎない。事実ネット上でそのような言説を見ることも少なからずある。

そんな時代にあって、こうやって高橋和巳という作家に何かしらの興味(それが好意によるものなのかその逆なのかは知らない)を抱き、その情報を得ようとしている方が1日わずかながらでもいらっしゃるというのは、今の世の赴くところに辟易としている私にはかけがえのない希望に思える。

ただ・・・私の書いた件の文章が、そんな人々の期待に応えていないのが気がかりだ・・・

 

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