大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

桜井初瀬の天神さん・・・上

奈良興福寺の放生池、猿沢池を起点として南に走る上街道(古くは上つ道)は天理の町を抜け、桜井市に入り、私の住む三輪を抜けたあたりで、これまた古代官道である横大路と交差し明日香へと向かう。この交差を横大路に従って東に進むと以前私が紹介した脇本の地に至る。更に東へと向かえば、出雲(大和朝廷発祥の地のごく近くにこんな地名があるのは興味深いね)。それから初瀬の地に至る。道はここで終わることなく榛原、山粕、菅野、奥津、多気、津留、相可、田丸など地を抜けて宇治山田は伊勢神宮へと至る。総距離約129キロ、伊勢本街道である。桜井市慈恩寺の地にて横大路と交差してから、榛原の地まで国道165号線と並行して走っている故、これを伊勢本街道と思うむきが少なくないが、厳密には上のリンクの通り全く同一の道ではない。しかしながらそのリンク先の地図の様に桜井市立初瀬小学校の辺りからしばし国道165号線と全く重なる。そしてこの国道は私の通勤路でもある。 道は初瀬西の交差点で再び別れ、私もここで伊勢本街道上の人となる。

とは、私が以前書いた一文である。

そして、この伊勢本街道はかつての薄氷堂さんの報告に示された「さかえや」いうお店の手前で右に折れ、そこから宇陀の地へと抜ける峠道となる。そして、そこでは曲がらずにまっすぐ進んで、突き当りを左に折れると・・・長谷寺・・・という具合になっている。

さて、今「突き当り」と言った。ただ、その突き当たりは本当の意味での突き当りではない。

その突き当たりには、その突き当たりを構成させるところの初瀬川の流れとその向こう側の与喜(よき)山がある。橋の向こうに見えるのはその与喜山中に上って行くかと見える急な石段が・・・

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ここで振り返ってみると・・・

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長谷寺本殿である。大悲閣・・・大いなる慈悲心を持って、我々衆生を見守って下さっている十一面観音がいらっしゃる。

さて、上の写真では結構な石段を上って行かなければならないように見えるが・・・実は

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そこからが、初まりであった。上の写真は、その石段を鳥居を抜けてからの道のりを半分程登ったところから撮ったもの。つまり、私はさっきの赤い鳥居を抜けてからすでにこの写真と同じだけの落差を上っていたことになる。

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それでも「ハアハア」言いながら上って行くと、どなたかがこちらをじっと見つめて迎えてくれている・・・「誰だろう?」・・・なんて思いながら、最後のひと頑張り。

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菅公・・・菅原道真公である。

長い長い石段を汗をかきながら上ってきた私を迎えてくれたのは・・・かくも厳しい御顔の天神様であった。これは、ちょいと気を引き締めねばなるまい・・・