読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

山辺の道一日旅行・・・その後

長々と書き続けた万葉学会主催の山辺の道一日旅行であったが、前回ようやく最終目的地にたどり着いた。確かこの催しは5月10日のことであったから、1か月と10日ほど、たった1日のことについて書きついで来たことになる。七面倒くさい話にお付き合いくださった方々のはまことに頭の下がる次第である。最終目的地の祟道天皇八島陵を後にして、一行の多くはすぐそばのバス停から近鉄奈良駅へと向かう。

バス停はその名も八島。あたりにはぽつりぽつりとしか住居が見えない。日頃、そんなに人が乗り込むことの少ないバス停なのであろうか・・・やってきたバスの運転手は、私たちの一団が一斉に乗り込むときに少々驚いた顔をした。

春日の山並みを右手に見ながら私たちを乗せたバスは北に向かい走る。奈良教育大学を過ぎ、飛火野が見えてきた。春日大社の参道を横切り大仏殿前の交差点を左に折れる。すぐに左手に奈良国立博物館が見えて来る。右手には氷室神社だ。もうしばらく走るとその氷室神社が見えた側の車窓には奈良県庁の巨大の建造物、そして反対側の車窓からは興福寺の堂塔が奈良公園内の木立の間からちらほらと見える。バスを降りるはずの近鉄奈良駅はもう間近だ。

・・・と、なにやら近鉄奈良駅前が騒然とした雰囲気に包まれている。この駅前の広場はそんなに広くもなく、その中央に行基さんの銅像が建っている。待ち合わせにはうってつけの場所だ。「~~時に行基さんの前で・・・」と言えば大概の奈良県民ならば理解できる・・・そんな場所である。

けれども、この日の近鉄奈良駅前広場には行基さんの姿が見えなかった。けっして銅像の行基さんがどこかへ行ってしまったわけではない。百を遙かに超える人々が二手に分かれて、対峙しているのだ。1300年前の聖人はその人並みに隠れて見えなくなってしまっているのだ。

二手に分かれたこの人並みの間にはお巡りさんが数十名、こちら(道路側)向いて立っている。まるで広場の奥で同じようにこちらを向いて拡声器を以て騒音をまき散らしている十数名(人数は定かではないが私にはこのぐらいに見えた)の人々を守るかのように・・・そして、そんな彼らと向き合って、その拡声器の声をかき消そうと大声を上げている百名(あるいはそれを越えていたかも知れない)に 垂んとする人々がいた。

ここまで書けば大方の方々はお察しが着いたであろうが、「拡声器を以て騒音をまき散らしている十数名」とはご存じ在特会の面々である。そうして、彼らに対峙していた「百名に 垂んとする人々」とは、そのカウンターの面々である。そして、この二つの勢力の間に割ってはいる形で、カウンターの面々に向かっていたお巡りさんはこの二つの勢力が暴力的なぶつかり合うことを未然に防ごうとしてそこに立っているのであった(が、上にも書いたように傍目には少数の在特会の面々をお巡りさんたちが守っている・・・そんなふうにしか見えなかった)。

5月10日は奈良の地において初めて在特会による差別街宣が行われた日であった。いや、「初めて」というのは正確ではない。2011年1月には水平社博物館前差別街宣事件が惹起していたし、同年に県内生駒市においてもひと騒動を起こしていた。

けれども、水平社博物館前のそれは構成メンバーのうちのたった一人が行った街宣活動であったに加えて、周辺住民は完全にこれを無視された。生駒市内のそれは街宣活動とは質の異なるものであったゆえ、衆目を集めての街宣という意味で、ここでは「初めて」という言葉を使った次第である。かねがね噂に聞いていたこの街宣活動ではあったが、まさか我が居住地の県庁所在地においてなされるとは夢にも思わなかった。

彼らの街宣活動に関して私がいかなる思いを普段から抱いているかは、このブログにおいでいただいている奇特な方々にはお分かりのことかと思うが、この日の私の思いを一言で言えば「恥ずかしい・・・」の一語に尽きる。

5月10日と言えば、古都奈良の観光のトップシーズンである。奈良公園も大仏殿前も、押しかける人であふれていた。そんな人々が家路につこうとするとき、必ず利用するのが近鉄奈良駅である。この地におわす数多くの御仏にであい、あるいは奈良公園のかわいらしい鹿たちと戯れ、心癒やされた人々が、その帰り道に奈良の最後の思い出に胸に刻み込んだのがあの喧噪では、お迎えした奈良県民として何ともやりきれない。

さらには眉をひそめながらこの喧噪を見つめる多くの外国人観光客の姿も見受けられたことも付け加えておこう。彼らは一体どんな思いでこの怒号のやりとりを見つめていたか想像に難くない。この国に生を受け、生きてきた者として恥ずかしくてならなかった。国を愛するということがどんなことなのか・・・それが彼らに理解できているのか、はなはだ疑問に思えてならなかった。

そんな思いを残したまま、家に帰るわけにはいかない。この日も昨年までと同じようにお誘いを受けていた私は、その1時間後、この日の一日旅行でお世話になった先生方とやりきれぬ思いをビールやらワインやら焼酎で洗い流していた。そして午後10時1分、帰宅する私を乗せたJR桜井線の電車はJ奈良駅を静かに離れていった。

最後の最後に、まことに不愉快な事実を皆さんにお伝えしなければならなかったことはまことに残念であったが、大変有意義な一日であったことは言うまでもない。長い長い一日にお付き合いいただいたみなさんに感謝のしるしに・・・

P1060668

大神神社に咲いていたササユリである。