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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

浄瑠璃寺に行く・・・下

可愛らしい2体の石仏に見守られ、私はひそやかな・・・それでいて美しい限りの山門をくぐる。この先にあるはずの浄土式庭園へと続く古径は、滴るような緑で覆われていた。左手に鐘楼が見えた。

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そう大きくはないこの古寺のその規模に相応しい、ちんまりとした鐘楼である。この木道を歩く私は、ほどなくよく整備された平安時代末の庭園の中を歩いていた。

池を中央にして、東に三重塔、西に本堂が配されている。

「本尊は薬師如来阿弥陀如来」と、前回の記事で私は書いた。そして、それぞれの御仏は・・・薬師如来は三重塔に、阿弥陀如来は本堂に御鎮まりになっている。経典によれば、薬師如来が本来住まわれているのは東方浄土、阿弥陀如来が住まわれているのが西方浄土であるから、この寺の御仏の配置はそれに従ったものであろう。

とはいえ、この御仏の配置はこの寺の開基当初からのものではない。永承2年(1047)に義明上人が本堂を建立したときは、ご本尊は薬師如来のみで、今とは別の本堂にいらっしゃったらしい。暦もひとめぐりした、ちょうど60年後の嘉承2年(1107)に、仏の薬師如来を西堂(これがどこにあったどのような堂舎なのかは分からない)に移したとの記録が浄瑠璃寺流記事にはある。その際にもとの本堂を取り壊し、新しく本堂が建てられ、その翌年にそこに安置されるべき御仏(おそらくは今の本堂に安置させている九体阿弥陀仏か?)の開眼供養があったという。薬師如来が今の三重塔に移されたのはそののちのことで何時とは定めがたい。そして、この新しく建立された新本堂は、それから50年たった保元2年(1157に池の西岸に壊渡(解体して移築するの意か?)された。これが今見る本堂であるとされている。

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さて、池の東岸に立って本堂を眺めてみる。今はその扉が閉ざされているが、扉はここにいらっしゃる阿弥陀仏の数に従い9対あり、年に数度は開扉されるらしい。人々は池の対面のこの場所に立ち、池越しに西方浄土にある阿弥陀仏を礼拝するのが、その作法だと言う。ただ、扉は開かれても、鴨居があるせいでこの位置からだと阿弥陀仏の御顔が良く見えない。どうやら・・・人々は、手前の池に映った御姿と御顔をみて極楽浄土の世界を忍ぶように設計されているらしい。まさに彼岸の彼方に阿弥陀仏がいらっしゃるのである。

今日は残念ながら扉は閉ざされたままである。どうせ、後で本堂の中には入れてもらえるのだからと、私は軽く一礼をしただけで、再び池の畔を歩き始めた。

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上の写真は池の北側から本堂を写した本堂と池。お堂の古びた風情と、滴るような鮮やかな緑との対比が見るものの心を浄化してくれる。

周囲には例の如く・・・ポツリポツリと古い石仏が・・・

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そして・・・その浄化された心を持って私は本堂の前に立った。この中に千年近く、世の転変を見つめ続けた9体の阿弥陀仏はいらっしゃる。上に嘉承2年(1107)の新本堂建立の際にこの9体の阿弥陀仏の開眼法要がなされた・・・かも知れないとの由を述べたが、実はこれも確かな事ではない。この九体阿弥陀仏の造立については異見が存在しているのだ。その一つは、9体ともこの寺が開基された永承2年(1047)に造立されたものとする考え、もうひとつは9体の中央の他の8体よりはやや大きい阿弥陀仏(中尊)は永承2年(1047)、そして他の8体が嘉承2年(1107)に造立されたとする考えだ。

これら3つの考えに中でどれが正しいのか云々する力は私にはない。けれども、この9体の御仏が千年近くの長い歳月、多くの衆生の心の安穏を守り続けてきたことだけは確かだ。

そんな御仏に早くお会いしたい・・・

私ははやる心を抑え、今度は池を挟んで、薬師如来の静まりたまえる三重塔を仰ぎ見た。先ほどまでは池の西岸が此岸であり、そこから彼岸の西方浄土を私は幻視していた。そして今、私は池の東岸を此岸とし彼岸の東方浄瑠璃浄土(浄瑠璃寺の名は、この東方浄瑠璃浄土に由来する)を振り仰いでいるのだ。この塔は『浄瑠璃寺流記事』によれば、治承2年(1178)京都の一条大宮から移建されたものらしいが、もともとどこの寺院にあったものかは分からない。浄瑠璃寺に移築された後、初層内部に仏壇を置き、そこに件の薬師如来が安置されるようになったらしい。

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いよいよ本堂の内部に入る。九体阿弥陀如来とのご対面である。当然のことながら、堂内は撮影禁止。そのお姿をみなさんにお示しすることは私にはできない・・・が、こんな便利な世の中だ。どうしてもその尊いお姿を拝し奉りたいというお方は画像検索で、浄瑠璃寺とか九体阿弥陀如来像とかで検索していただければいくらでもそのお姿を拝することはできる。

堂の中へはその北側にある受付を通らねばならない。ここでいくばくかの拝観料をおさめ、靴を脱ぎ上へと上がる。堂の背面の廊下を通り、一旦南側に抜けてからその内部へと入る。9体の阿弥陀仏が横一列に座っていらっしゃるわけだから、それなりの長さのはある。

静かに・・・静かに私はその廊下を歩き、そして堂の南側面に出た。開け放たれた南側の扉から堂の内部を覗く・・・薄暗く・・・それでいて目映いばかりの西方浄土がそこにはあった。何人かの参拝者は一心に御仏に祈りを捧げている。清らかな静謐がそこにはあった。

私もそんな参拝者の群れに仲間入りし、手を合わせる。

無心に・・・ひたすら無心に・・・