大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

7月24日はブログ記念日

今日、7月24日でこのブログは7年目を迎えることになる。ということは、私がこうやって愚にもつかぬ文章をみなさんにお目にかけるようになって、まるまる6年がたったと言うことだ。飽きっぽい私がこうやって一つのことを6年間も続けられた事は、実に驚嘆すべき事である(笑)。これは、とりも直さず拙文にお付き合い下さっているみなさんのおかげと心から感謝申し上げる次第である。

さて、まるまる6年と言えば、それはまさに小学校の年限と同じ歳月である。ようやく私はブログ小学校を卒業して、明日から中学校に通い始めることになる。小学校を卒業するにふさわしいだけの力量が身についたかどうかは定かではないが、小学校は義務教育なのでそんなことはお構いなしに明日からは中学校と言うことになる。ということは、もしこのブログが続いて行くとすれば、3年目に高校受験という節目を迎えることになるので、できれば高校浪人を避けたい私はその節目を乗り越えるだけの力量をこれからの3年間でつけなければならないことになる。心すべし・・・心すべし・・・である。

思い返せば、livedoorに始まっていくつものブログサービスを転々と渡り歩き、身の程知らずにも自らサーバーを借り WordPressを利用してブログを書くようになったのは2010年の春のこと、それからしばらくはgoogleのサービスであるところのBloggerとの2本立てのブログ運営から WordPress一本に絞って投稿するようになったのが同年7月22日。それからの4年間は浮気をすることもなくなり、ようやくこの場所に落ち着いたという具合である。やはり、いくばくながらでも金をつぎ込んでいるという事実が作用しているようだ。まあ、それはそうでもしなければ落ち着くことを知らぬ私の落ち着きのなさを表象していると言えようか・・・

それ以前の記事は、引っ越すたびにすべて捨て去っていて、そのうちのほんの一部が上のナビゲーションにある「屑かご」に残されているのみであるが、今ある文を改めて読み返して思うことがいくつかある。誤字脱字の多さは目も当てられぬばかりであるが、私が最もその変化に驚いたのが、一回あたりの記事の長さである。

一言で言って、年を追うごとに文章が冗長になってきていることである。ためしに「屑かご」にある記事をいくつか読んでいただければ分かるのであるが、ごくごく初期に書いた「魯迅の小品ひとつ」などはほんの15行ほどである。比べて、前回の「藤原京に蓮を見に行く」は飛ばして、「浄瑠璃寺に行く」の上下たるや、我ながらその文章の長さに閉口する(かといって、初期の頃の文章も褒められたものでないのは重々承知している)。長くてくどい・・・これではせっかくいらっしゃって下さる読者の皆様も閉口しきりであるだろうなと反省する次第である。

そして・・・文章の長大化に伴って、更新の間隔が次第に広くなってしまっている。かつては週に2度、3度のペースで更新されていたものが、最近では週に1回がやっとになってきている。

短くて、スパッとした切れ味のある・・・そんな文章を書きたいと思う。そして、できれば最低週2回の更新を・・・

3年後に迫ったブログ高等学校の受験に見事合格する為に、今私に与えられた課題と受け止めたいと思う・・・が、どうも合格はできそうもない、そんな予感がしてならない。もっとも、それ以前に、それまでブログを続けていられるか・・・それが問題であることは言うまでもない。よろしくご叱正のほどを期待する次第である。

ところで、今日7月24日は私のブログ記念日であるだけではなく、いつも訪問させていただいているHOSHINA HOUSEのご主人のお誕生日でもあったかと記憶している。今年で何歳におなりになったかは存じ上げぬが、謹んでお祝い申し上げたい。

と、言っている間にまたぞろ文章が長くなってしまった。どうやらブログ高等学校は合格できそうもない・・・