大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

喜光寺に行く

先週の週末は、橿原市にある藤原宮跡に咲き乱れる蓮を紹介した。

実のところを言うと藤原京にハスを見に行くのは今年に入ってこれが2回目で、その2週間前にも一度様子を見に出かけている。その時の開花の状況は、さすがにまだまだの様子。あちらこちらにポツリポツリと咲いていただけであった。様子を見に行ったとはいっても、やはり蓮を見にいったわけであって、この開花状況には少々不満が残り、どこぞに蓮が美しく咲いているところがないかと調べてみると・・・

ロータスロード

なんてのが紹介してあった。 奈良西ノ京(平城京の西部)の三つの古寺(薬師寺唐招提寺喜光寺(きこうじ))に咲く蓮を見て御仏のおわす極楽浄土を、この世にして観ようと言う催しである。何時から始まった催しなのか、とんとご存知ではないが(笑)、ものはためしとばかりに出かけてみることにした。

とはいえ、時はもう7月の初めでかなり暑いこともあり、三つの寺の全てをすべて回ることは少々辛い・・・ということで、選んだのが喜光寺。他の二つの寺はこれまで何度も訪れたこともあり、今回はまだ行ったことがない喜光寺に足を運ぶこととした。

他の二つの古寺に比べ、喜光寺の名は全国的にはさほど知られていない。けれどもそれはこの寺の由緒の浅さを科たるものではない。

・・・ということで、簡単な紹介を・・・ 喜光寺は菅公菅原道真の本貫地である奈良市菅原町にある法相宗の寺院。所在地から菅原寺とも呼ばれることもある。本尊は阿弥陀如来東大寺の大仏の建立の際に尽力した僧、行基が没した地とされている。行基は知っての通り、早くは民衆に交わって架橋、土木工事などの社会事業に携わり、後には東大寺大仏造立にも貢献した僧である。

詳細は上にリンクを示した当寺のホームページに委ねることにして、早速出かけてみたいと思う。なにせ、蓮の花は日が高くなれば花が閉じてしまう。少しでも早く辿りつかなければならない。早速出かけることにする。

いつもは奈良に行くときには、国道169号線(通称天理街道)を使うのだが、今日の目的地は西ノ京に行くには少々遠回りになる。ここは奈良県民が奈良市に向かう際に使う定番の国道24号線を使うことにしよう。 拙宅のある桜井から、まずは県道152号線を西へ西へと車を走らせる。10分も経たぬうちに道は24号線と交わる。ここから車の進路を北へと変える。橿原、田原本、天理、大和郡山といくつもの町を抜け、奈良市に入ってすぐ、西九条南の交差点を左に曲がり、またすぐに右に曲がる。道は県道9号線、左手に薬師寺唐招提寺の大伽藍が見えてくる。

北上を続けること、ほんの5分。道は阪奈自動車道と交わる。目的地は、ここを左に曲がり、ほんの2,3分ほど進んだ先だ。菅原の交差点で、阪奈自動車道を降りた・・・その北側にある。

2010年に再建されたという立派な南大門を抜けると・・・何やら見たことのあるような本堂の姿・・・

一体どこで見かけたのだろうか・・・と、家に帰って調べてみるとウィキペディア

<町時代に再建された寄棟造、単層裳階付きの仏堂で、裳階の正面一間通りを吹き放しとする。この建物は、行基が東大寺大仏殿を建立する際に十分の一の雛形として建てたとの伝承から、「試みの大仏殿」と俗称される。

とあった。

較べてみるまでもなく、二つの建物は見事なまでの相似形を保っている。どちらの建物も創建当時のものではなく、途中で何度かのマイナーチェンジもあったであろうが、見るものの受ける印象はまさに瓜二つ・・・

お目当ての蓮は・・・この本堂の前提に数限りない鉢に、一本ずつ丁寧に植えてあった・・・が、やはりここも時期尚早。それもそうだ。同じ奈良県内なのだから、同じ日のうちに橿原の蓮と、奈良な蓮の開花が大きく異なることがあったら、その方が不自然だ・・・

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それでも、植えられている蓮の種類が豊富なせいか藤原京の蓮よりは蓮畑を飾る色彩はだいぶ豊かだ・・・

さて、本堂にて阿弥陀仏に祈りを捧げた後は、その裏手にある弁天様の元に向かう。

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日頃は下の写真に見える、弁天様のお姿しか拝むことしかできないが、蓮の花の盛時には特別のご開帳と言うことでご神体の宇賀神王うかしんのうの御姿も拝することができる。

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下の石造りの不気味な御姿の像がそれである。宇賀神王・・・宇賀神うかじんである。

宇賀神は、日本で中世以降にその信仰が始まった神で、神名の「宇賀」は、日本神話に登場する宇迦之御魂(うかのみたま)に由来するとの考えが一般的であるが定かではない。人頭蛇身の異形の神で、頭部は老翁や女性であったりする。もともとは穀霊神・福徳神として庶民の間で信仰されていた神かと思われるが、延暦寺の教学に取り入れられる過程で、仏教の神(天)である弁才天と同一視されるようになり、合体した像もつくられ。この合一神は、宇賀弁才天とも呼ばれ、宇賀神はしばしば弁才天の頭頂部に小さく乗る。その際、鳥居が添えられることも多い。上の弁天様の写真をクリックして拡大してご覧になっていただきたい。写真が不鮮明で実に申し訳ないが、そこになんとなくこの異形の神の姿を確認することができる。

さて、上の写真でも分かるようにこの弁天堂は池の中央の小島にたっている。すべてがそうなのかは寡聞にして知らないが、弁天様はこんなふうに水上にいらっしゃる事が多いように思える。なんてたってその総本山とも言える安芸の厳島神社だって、ご存じの通り海上のお社である。

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池にはご覧の通り、睡蓮が美しく咲いていた・・・

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