大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

三輪山セミナーに行く

前回の記事で、「田原の里へ」なんていう文章を書き始め、しばらくは30数年前のとある徒歩旅行の思い出を記すつもりであったが、今日は早速、道草を・・・

大神神社には大礼記念館という催事会場があり、そこでは結婚式の披露宴をはじめとして、様々な催しが行われている。三輪山セミナーはそんな催しごとの1つである。これは大神神社が「より多くの皆様に三輪山をとりまく歴史や文化について、広く知っていただきたく大神神社HPより)」という趣旨で、平成8年から始まったものだ。以前からこの「三輪山セミナー」という催しがあることは知っていたが、あまり興味を示すこともなくいた。

が、先日何気なしにこの催しの今年の予定を見て、がぜん興味が湧いてきた。なんという講師陣の豪華さか・・・ちらっとでも上代文学・古代史・考古学に興味を持たれている方なら、誰もがその名をご存知という方々ばかり・・・しかも、費用は資料代の200円。大神神社はなんとも太っ腹である。

これは是非とも行かなくては・・・とばかりに、昨日早速参加してきた。講師は関西大学の乾義彦先生。私のような不勉強のものであっても当然のことながらその名は存知申し上げている(実はそれ以外にも存じ上げている理由があるのだが、それは後で・・・)。演題は「三輪山を然もかくすかー額田王と初期万葉の表記」。実に楽しみな演題である。

私が会場に着いたときにはすでに6割がた席は埋まっていた。講演の開始まであと20分ほど、あとからあとから席は埋まって行く。開始予定の2時になった時には、もうほとんど席は埋まっていた。

さて、講演は始まった。浅学の私がその要旨をご紹介するなどとんでもない話だが、以下に全体の話の流れだけ簡単に紹介しておく。

主たる題材となった歌は

額田王下近江國時作歌井戸王即和歌 味酒 三輪乃山 青丹吉 奈良能山乃 山際 伊隠萬代 道隈 伊積流萬代委曲毛 見管行武雄 數々毛 見放武八萬情無 雲乃 隠障倍之也

味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや

三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳 情有南畝佐布倍思哉

三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや

万葉集巻一・17/18

お話の内容は多岐に及んだが、その中で特に多くの時間を割かれていたのは上の歌の赤字で示した部分。先生はこれらの文字遣いを中心に表記者がいかに豊富な漢語についての知識を持っていたかについて(ひいては漢籍についての知識も)、豊富な用例を示しながら証明してゆく。ひとつひとつ、丁寧に・・・

さらには先生の研究対象でもある、藤原京平城京などから発見された木簡、その他種々の発掘資料から発見された多数の奈良時代以前の文字資料と、この歌の表記のありようを比較しながら、上の歌の表記者や万葉集の表記者(昨日のお話においては特に初期の)の文字意識がいかに工夫されたものであるかを話してくださった。ややもすれば、丁寧にすればするほど退屈になりがちなこの種の証明であるが、微塵も退屈さを感じさせることなく聴衆は90分という時間を過ごした。

さて、上で「それ以外にも存じ上げている理由があるのだが、それは後で・・・」なんて書いたが、実は一度かなり以前に先生とはお会いしたことがあるのだ。

それはもう30年ほど前のこと。大学を出て1年目のことであっただろうか。岡山で万葉学会があった年のことだ。文不相応ながら私もその学会に参加していた。なにせまだ正規の採用で仕事にもついていなかった頃のこと、手元不如意であった私は宿を岡山に暮らす大学の先輩の家にお世話になることになった。その宿には私と同級で、大学を出た後大阪の大学院で学んでいた者も一緒にお世話になることになっていたのだが、その大学院の先輩という方もそこに泊まることになった。その私の友人の大学院の先輩というのが乾先生であった(先生もそのことはなんとなく覚えていらっしゃったが、私のことはあまり記憶には残ってはなかったらしいこと(そりゃあそうだろう)、春にあった1日旅行の時に聞いた)。

さて、まことに有意義な90分はあっという間に終わった。あとは家に帰るだけである。会場を出た私は大礼記念館の西に面した道に入る。そしてその植え込みに・・・

IMG_20140830_153752

 

 

 

 

 

 

 

ヤブラン・・・である。

ヤブラン万葉集に詠まれている「山菅」ではないかという説がささやかれているが、他にもいくつかの考えがあって定かではない。

山菅の実ならぬことを我れに寄せ言はれし君は誰れとか寝らむ

大伴坂上郎 万葉集巻四・564

咲く花は移ろふ時ありあしひきの山菅の根し長くはありけり

大伴家持 万葉集巻二十・4484

その日聞いた話が話であっただけに、その帰り道、この花を見つけたことがなんとなく偶然のこととは思えなかった。