大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

朋あり遠方より来る また楽しからずや

その勢力の強さから、多大な被害も心配された台風19号も大和の地においてはさしたる悪さをすることもなく遠ざかっていったようであるが、朝、通勤の途次大神神社の参道を通りかか ったら下のような光景が見られた。

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大神神社の参道は、大雨が降ったときにその雨水の流路になることが多く、多量の土砂がそんな夜の翌日に路面にたまっていることがこれまでにしばしばあった。従って写真のように路面よりも低い場所にある家々においてはその雨水が流入することも多いからだろうか・・・写真のように厳重な備えがなされていた。路面を見るにたいして土砂がたまっているようにも 見られず、写真のような厳重な備えはひょっとしたら空振りに終わったのか知れないが、結果はどうあれ、かような備えがなされるほど、これらの家々の人々は不安な夜を過ごされたのであろうと思う。

しばらく行って、写真は我が母校の敷地内。おそらくは近所の方なのだろう・・・並びそびえる公孫樹から落ちた銀杏を拾うおじさんとおばさんの姿が見られた。雨はさしたる事もなかっただろうが、風はそれなりに吹いていたものとみられる。

IMG_20141014_070203 ・・・と、こんな事を言うために私は今日、この文章を書き始めたのではなかった・・・・そろそろ本題に戻ろう。「朋あり遠方より来る また楽しからずや」という今回の記事の表題に、ひょっとしたら・・・とお思いになった方もいらっしゃる方もいると思う。

そう、もう何年前になるか、「南の島の幻住庵」主人の根岸さんが大和においでになられた時の記事である。その時と同じ表題である以上、今回の記事の内容については、これで大方察しが付くことと思う。

実はこの9月から10月にかけて私には二つのうれしい出会いがあった。長年、ブログ上でお付き合いいただき、是非とも一度はお会いしたいと願っていたお二方にお目にかかることが出来たの である。

その一人目は・・・薄氷堂さん。

我がブログにおいでの方ならばご存じであろうが、薄氷堂さんは釧路の住人「薄氷堂Smoking Room」のご主人である。その洒脱な・・・加 えて奥行きの深い文章にはかねがね私淑し、私もいつかはこのような文章を書いてみたい・・・と憧れている御仁である。その薄氷堂さんが先月末から故あって京都に長滞在をすることになった。そんな一日を頂いて、さる9月の23日、1日お付き合い頂いた。

上に「うれしい出会い」とは書いたが、薄氷堂さんにとって今回の京都滞在は、氏のブログにもあるように「おもしろからぬ用事」からのことで、諸手を振って喜んではいけない質のもではあったが、それでもうれしいものはうれしい。私は23日の朝、わくわくする思いで待ち合わせ場所であるJR奈良駅の改札前に立っていた。

ほぼ約束の時刻通り・・・黄色っぽいシャツを召された薄氷堂さんが改札の向こうから、飄々とした風情にて歩いていらっしゃった。お顔は氏のホームページにてうかがい知っていたので、すぐに分かった。早速、駐車場に止めた我が愛車(これがまた偶然で薄氷堂さんと同じ車)にのって、齢50を越えたおっさん2人の一日旅行は始まった。薄氷堂さんが釧路に帰られた後、詳細な報告があろうかと思うので、ここでは以下にその道筋のみを示す。

まずは天理参考館。世界各国の民俗資料や大和の考古学資料がその展示物のおおよそであるが、その収集された品々の幅の広さ・貴重さにおいて名は広く知られており、私の母校の付属の施設でありながら、その有名さ加減は母体である大学を凌ほどのものである。いちいちの展示物を興味深く眺め、写真を撮っている(ここは全箇所撮影OK)薄氷堂さんの御姿に、その飽くなき探究心に頭が下がる思いであった。

続いてはそこから歩いて10分ほどの所にある天理図書館。薄氷堂さんはこの図書館の存在を中学校時分には知っておられ、一生に一度は訪れてみたいと思っていらっしゃった・・・そんな場所なのだそうである。したがって、足を運ばない手はない。ここもまた我が母校の付属の施設ではあるが、その知名度の高さにおいて我が母校はその付属施設に及ばない。収蔵書の豊富さ・貴重さ・・・そして、その建造物の重厚さ・・・全てにおいて、そこで学んだ私の不勉強さ加減を叱咤する存在である。

さて、少々アカディミックな空気に触れたあとは昼食。場所はかつて「南の島の幻住庵」主人の根岸さんと酒を酌み交わした場所・・・秋田屋さんである。

昼食後は車で南へと足をのばす。目的地は明日香・・・

明日香と行ってもその全てを見ようとなれば1日では足りない。従って、目的は絞らなければならない・・・と考えて選んだ場所は飛鳥寺である。

駐車料金のかからない万葉文化館の駐車場に車を止めて歩くこと10分。日本最古の古刹は広々と開けた真神が原の北端に立つ。お目当ては、その本堂内に1400年の昔から一歩も動かずに座り続けていらっしゃる釈迦如来・・・飛鳥大仏である。奈良には東大寺やら興福寺薬師寺唐招提寺法隆寺といわゆる大寺はいくつもあり、それぞれが1000年を遙かに超える歴史を持っており、その一つ一つが数えきれぬ貴重な文化財を所有しているが、常々薄氷堂さんのブログを拝見するに氏のお好みは、かような権威燦然たる大寺にはないこ とを感じていた故、それならばとこちらにお連れした。

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堂内に入ると、住職の長々としたご案内が始まる。ここでも薄氷堂さんは興味津々のご様子・・・自ら無宗教の輩とはおっしゃってはいるが、かといって信心深き人々を侮るような方ではない・・・そんなご様子がはっきりと窺い知れた。

続いて、真神が原を散策しつつ伝明日香板蓋宮跡を遠望し車に戻る。

そこからは新しく出来た明日香から多武峰に至る道を抜け、桜井市は初瀬の町へと向かう。その道筋にかつて薄氷堂さんのブログにも登場した町並みが存するが故である。私の書いた文章にその全容がある故、詳細はそこにあるリンクから飛んでいってほしい。

そして最後の目的地は・・・少々手前味噌ではあるが大神神社。理由はもちろん私の住んでいる町であるからだ(笑)。

かくして有意義な一日は終わった。何時また会えるか分からない・・・そんな気持ちでこの日一日を過ごした訳ではあるが、今度は私の方が釧路を訪れて・・・と思ってみたり、あるいは今度大和にいらっしゃったときにはどこにお連れしようか・・・等とも考えて見たりしながら、薄氷堂さんが京都に向かって電車に乗るべき大和八木駅へと車を走らせた。

そして、もう一人の方にお目にかかったのはこの週末、土日に2日間であった。お会いしたのは時々このブログにもコメントを戴いている玉村の源さん。「まほろぐ」 のご主人である。氏はブログの中では「ぐんまちゃん」と「駅弁」のことしか書いていらっしゃらない・・・失礼、「ことしか」ではありませんでした・・・ため、私のブログから飛んでいった方には、一体どんなお方かお分かりにはならないと思うが、関東の大学において教鞭をふるい、、幾多の学会において重きをなしていらっしゃる上代文学の研究者である。(北川研究室)。本来は「源さん」などと気安く呼ぶのではなく「・・・先生」と呼ばねばならないお方なのであるが、なにぶん「源さん先生」ではどうにも落ち着きが悪い。かといって、こうやってブログ上でお付き合いいただいている以上、本名でお呼びするのも場にそぐわない。

そんな源さんとは上記北川研究室内に設けられた掲示板「まほろば」においてお付き合いいただいていたのであるが、その掲示板が昨年8月に容量オーバーとなり、先生はいよいよブログ界にデビューされた。その日が、8月8日・・・私の誕生日であるというのが何とも深い縁を感じてしまう。

この度源さんとお会いする・・・というはこびになったのは、さる10月11、12の両日において、我が母校において源さんも私も所属する萬葉学会の大会が行われたからである。以前も申し上げたように、学生の頃若気の至りでこの学会に入会していた私は、その後仕事に就き万葉集というものとは縁遠い生活を続けていた。しかしながら、一時なりとも自分がその気になって取り組んでいた時代の証として、脱退することなくこの年まで在籍を続けていたわけであるが、そのおかげでこういう僥倖に預かれることとなった。

その学会の大会へは、大学を出て数年の間は足を運んでいたものの次第に縁遠くなり、ここ30年近くの間はまったく参加してはいなかったのであるが、今回参加する気持ちになったのは、自分の母校がその会場となっていることもあるが、それよりも何よりも行けば源さんにお会いできるということによるものが大きかった。おかげでこの両日、日頃いい加減に読み飛ばしている万葉集(部分的にではあるが)をじっくりと読み返すことが出来た。まことに源さん様様である。

さて当日であるが、初日は昼からの開会。先だって上述の天理図書館において、この大会に合わせて当図書館所蔵の貴重な書籍類の展示があった。ご存じの通りこの図書館は貴重書の宝庫。国宝6点、重要文化財85点を擁している。今回の展示はこの会の性格に応じて、万葉集をはじめとした上代文学関連の貴重な品々を見ることが出来た。眼福の極みである。

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開会の時期が迫り、会場へと向かう。目の前に見覚えのある御姿が・・・

源さんだ・・・とすぐに分かった。源さんは上述のホームページや、ブログの方にご自身の御姿を公表しておられるのですぐにそれとしれた。早速お声をおかけするが、なにぶん初対面。私とて、先日初めてブログ上に我が姿を公開したもののの、なにぶん30年以上前のもの、しかも本名で名のったため源さんはお気づきにならない。時間も迫っていたので、その場はそれにとどめ会場内へと急ぐ。

開会行事が終わり、当日のメインである公開講演の一本目が終わる(非常に勉強になるものであった。上代の文献を「訓む」とはどういうことなのか改めてその難しさを思い知らされた)や否や、私の後方に座っていらっしゃった源さんのもとに再びご挨拶。今度は「三友亭」と名のったのですぐにお分かりいただけた。

そして、源さんは最初にお示しなったのが、「ぐんまちゃん」が大きく描かれたネクタイと、石上神宮所蔵の「七支刀(私は今度こいつの実物を見に行くつもりである)」を模したネクタイピン・・・自らお住まいの群馬県をアピールしつつも、今回の会場となった天理市を充分に意識したそのお心遣いに、そのご配慮に満ちたお人柄を見て取ることが出来た(笑)。

「ぐんまちゃん」が、例のゆるキャラグランプリで連続して上位入賞しているにもかかわらず、しばしば他の動物(特に牛)と勘違いされることが多く、源さんはそのことがいたくご不満らしいが、私はそんな無礼な勘違いはしない。

続いて二つ目の講演(これまた勉強になったことは言うまでも無い)があり、次に我が母校が全国に誇る雅楽部の演奏が行われた。その合間に源さんがお一方女性を連れていらっしゃった。源さんのブログにしばしば登場なさっている晴南さんであると紹介された。私も一度どんな方なのかお目にかかりたいと願っていたのだが、こうやってお目にかかれて実にうれしかった。聞けば晴南さんは東京の方の大学で教鞭を振るわれていらっしゃるとか・・・もちろん、その御本名を聞けば、以前から存じ上げていた御名前ではあって(この不勉強の私がその御名前を知っているだけでもすごいですよ・・・)、それがあの晴南さんと一致してはいなかっただけであるが・・・

その後は懇親会。本来は私のような者が参加するような場ではないのだが、源さんと御言葉を交わす数少ない機会でもあるし、今回は身の程をわきまえず参加することにした。他にも多数参加者がいるのは当たり前のことで、私1人が源さんを独占するわけにも行かない。充分に言葉を交わすことが出来たとは言えないが、それはそれで充分満足できる時間ではあった。それに・・・源さんはそのブログを拝見して分かるように、稀代の奈良フリーク、そのうちにまたお目にかかる機会はある・・・

そうそう、この日私にはもうひとつうれしい出会いがあった。出会いとは言っても互いに名のる程度のものではあったが、その主は私のブログにしばしば登場する「師」のご子息、H先生であった。・・・ご子息とは言っても私よりは充分に年上、しかも以前この学会の務めていらっしゃった重鎮。そんな方からお声をかけていただき実に恐悦至極であった(極めてありふれたい物言いであるが、これしか思い当たらないぐらい恐縮してしまっていた私であった)。ひょんなことから、H先生からはメールをいただくことがあり、それだけでも恐縮していたのであるが、その後も時々私のブログをご覧になって下さっているという。有り難いやら、恐れ多いやら・・・

そんなこんなで初日は終了。普段は充分に慎み深いつもりではあるがアルコールが入ると遠慮知らずになる私は、懇親会で今日された大和の銘酒「春鹿」の酔いも手伝って2次会にまで参加してしまった。

さて2日目、この日は7人の研究者による研究発表。発表が終わるやその場で交わされる厳しい討議・・・かなり場違いな場所にいるなと自覚しつつも、その熱心な言葉のやりとりに思わず興奮してしまう。

7人の発表者の内の一人が先日源さんに紹介していただいた晴南さんであった。昼食を撮るとすぐに眠くなってしまうのが最近の私の習性なのだが、晴南さんの発表にはその眠気も吹き飛んでしまった。その中身についてはここで申し述べるだけの力量は私にはないが、そんな私の浅い理解で語るとすれば・・・この報告のためには気が遠くなるほどの厖大な時間の文書(ここは「ぶんしょ」と読むより「もんじょ」と呼んだ方が感じが出る)との対峙があったはず、けれども、そんな時間を嬉々として過ごしていたようにしか思えないのだから、研究者というものは恐ろしいもの・・・そんなふうに感じ、すっかり恐れ入ってしまったのだ。

本当に楽しい、しかも実りある二日間であった。かといって、これからの私のブログの中身が向上するなんてことは決してあり得ないので、その辺りは誤解の無きように・・・ ともあれ、会いたい・・・会いたいと思っていたお二人に会うことが出来た。その上、晴南さん、H先生ともお目にかかることができて、本当にうれしいこの数旬であった。