大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

手 紙 -筆先にこめた想い-

先週末、再び我が母校の図書館を訪れた。ここのところよく足を運んでいる。9月の下旬には薄氷堂さんといっしょに、氏のあこがれだというこの図書館の雰囲気を味わいに・・・まだまだ暑い盛りだった故、休憩室で冷たいものを飲みながらゆっくりした。ことの詳細は、いずれ薄氷堂さんがご自身にブログでお書きになるだろうから、ここではあえてふれない。

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次には先日報告済みだが、我が母校で開催された萬葉学会のともなっての貴重書の展示。これまたごく簡単ながら紹介済みであるのでここでは触れない。

そして今回・・・以前玉村の源さんのブログにてご紹介のあった「開館84周年記念展 手 紙 -筆先にこめた想い-」という展示会がどうしても見たくなって車を走らせた。この展覧会は、この図書館に数多ある所蔵品の中でも、選りすぐりの・・・しかもその内容もの楽しめるものを精選し展示するという企画である。その執筆年代の範囲は、鎌倉期から昭和期までと幅広く、しかもその差出人が天皇から、貴族、武士、学者、文人、作家と実に多彩である。

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以下にそのラインナップを並べてみようと思うが、そんな彼等が、自らの私的な感慨を他者に伝えようとするとき、公的なそれといかなる違いが生じるものなのか・・・興味がわかないわけはない。

では、そのラインナップを・・・

藤原定家     藤原公経宛〔正治2(1200)年〕 後花園天皇 伏見宮貞成親王宛〔永享6(1434)年〕 板倉勝重     金地院崇伝・林羅山宛〔元和2(1616)年〕 伊達政宗     最上義光宛〔慶長5(1600)年〕 伊藤仁斎     伊藤東涯・梅宇・介亭宛〔元禄12(1699)年〕 井原西鶴     下里勘兵衛宛〔延宝7(1679)年〕 松尾芭蕉     窪田宗七宛〔貞享5(1688)年〕 雨森芳洲     伊藤東涯宛〔享保18(1733)年〕 賀茂真淵     本居宣長宛〔明和4(1767)年〕 与謝蕪村     芦田霞夫宛〔安永5(1776)年〕 本居宣長     横井千秋宛〔寛政4(1792)年〕 上田秋成     松村呉春宛〔寛政2(1790)年〕 良 寛           山田杜皐宛〔文政期(1818~30)〕 小林一茶     西原文虎宛〔文化13(1816)年〕 滝沢馬琴     小津桂窓宛〔天保3(1832)年〕 頼 山陽         江馬細香宛〔文化11(1814)年〕 宇田川玄真 河内屋儀介宛〔文化2(1805)年〕 野村望東尼 筑紫磯子宛〔文久2(1862)年〕 西郷隆盛     大山綱良宛〔明治8(1875)年〕 久坂玄瑞     月性宛〔安政5(1858)年〕 新島 襄         森 有礼宛〔明治21(1888)年〕 森 鷗外         山根武亮宛〔明治28(1895)年〕 夏目漱石      姉崎正治宛〔明治39(1906)年〕 南方熊楠      日野国明宛 〔大正2(1913)年〕 正岡子規      河東碧梧桐宛〔明治27(1894)年〕 徳冨蘆花      徳富蘇峰宛〔明治21(1888)年〕 樋口一葉      樋口邦子宛〔明治23(1890)年6月〕 谷崎潤一郎  根津松子宛〔昭和5(1930)年〕 石川啄木      姉崎正治宛〔明治37(1904)年〕

浅学非才はゆえに存じ上げない名前もいくつかはあるが、ほとんどはどこか頭の片隅に引っかかっている名前ばかりである。このような品々をそれとなく展示できる我が母校の図書館に、何となく恐ろしさを感じるほどだった。無論、その恐れとはそんな図書館のある大学に通いながら、遊び呆けていた自らの不甲斐なさから来るものである。もう少し勉強しておけばよかった・・・と思うのは人の世の常であろうが、そんな思いを眼前に明確な形で示されることに対する恐れである。

さて、展示場の様子であるが広さはいわゆる公立学校の標準の教室のサイズの3分2程(?)、展示物の保護のため外界からの光は遮断され、室内はやや薄暗い(無論それでも見やすくなるよう照明の工夫はされている)。静かな・・・実に静かな・・・たとえば、部屋の向こうは時にいる見学者の資料をめくる音がはっきり聞こえてくるほどの静けさである。

私はじっと一つ一つの手紙に見入る。書についてなんの心得もない私が言うのも説得力に欠けるが、全てが流麗なくずし字(例外はある・・・例えば啄木)、私のような翻刻の苦手なものにとってはところどころしか判読できない。けれどもその流れるようなみずくきの跡は、目に心地よい。

その印象をかいつまんで言えば、まず特に気に入ったのが樋口一葉のそれ。順路通りに展示物を見ていったとき、最後に展示されていた樋口一葉の樋口邦子宛の手紙はうっとりのとするほどの柔らかな美がそこにあった。私がこの作家に対して思い描いていたイメージ通りの書で、明治の教養ある女性の姿が彷彿とされた。賀茂真淵本居宣長のそれも興味深かった。真淵の奔放な筆遣いと、宣長の几帳面なまでの文字がそれぞれの学風の違いを表すようでとても面白かった。

そうそう、伊達政宗最上義光宛の手紙なんてのも興味深かったなあ・・・草書ではあるのだけれども、そこは戦国末期を代表する武士、実に武骨な感じがして周囲の展示物とは全く別物の印象を受けた。歴史に詳しく、この二人の関係を知る人なんかはかなり興味深い手紙に違いなかろうと思う。

公にする意識の希薄な、これらの文章は実に自由闊達である。「卒意」と言う言葉がふと脳裏をよぎった。かなり以前、山本健吉の「刻意と卒意」という一文で知った言葉である。わずかしかない蔵書ではあるが、整理が悪いため、今改めて手に取ってみようと思ってもなかなか見つからない。うろ覚えで申し訳ないが、そこには、「卒意」の書とはいわば即興的に書き上げた書、それに対して「刻意」の書とはあらかじめ周到に準備されて書いた書のことをいうらしい。山本健吉は幼い頃その母が巻紙を手にし、そこに筆を走らせている姿を思い出しながらこの一文を書いていた。

さて・・・上に「私のような翻刻の苦手なものにとってはところどころしか判読できない。」とは書いたが、そこは天下の天理図書館、用意周到である。あらかじめ全作品(「作品」というのも当たらないか)の翻刻文を用意して下さった。おかげで、家に帰ってからではあるが、このそうそうたるラインナップの、ごく私的(全てがそうではないが)なやりとりを見て取ることが出来た。お裾分けに次回は二つ三つ、翻刻されたそれをお示ししよう。