大和逍遥   

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法隆寺に行く・・・5

西院伽藍に東西に並ぶ金堂と五重塔を結ぶ直線の中央点に立ち北を見れば、そこに伽藍を取り巻く廻廊に接続する形で大講堂がある。

ここにいらっしゃる薬師様にも会っておかなければならないだろう。おもむろに歩みを進める。するとその線上にあるには金堂でできた大きな灯籠に突き当たる。

これは徳川五代将軍綱吉の母、桂昌院が綱吉の武運長久を祈念して建立したもので、徳川家の家紋「三つ葉葵」と桂昌院の実家、本庄家の家紋「九目結紋」は確認しておくべきであろう。

さて、大講堂にたどり着いた。講堂とは、僧が仏教を学ぶための道場であり法要を営むための重要な施設であるが、残念ながら創建当時の堂宇は725年、落雷によって炎上、消失してしまった。現在我々が見るものは、その200年後の延長三年(925)に再建されたものである。中に鎮座している薬師三尊像、そして四天王像はこのとき同時に造られたものである。

さて、この講堂、平安時代の再建からもすでに1100年の星霜をくぐり抜けてきている。これまで数次の修繕の手が入れられてきたが、この2010年にも大規模な瓦の葺き替えが行われた。これは今年四月に行われた聖徳太子1390年の法要に備えてのもので、古くは奈良時代から昭和にいたる新旧の瓦、約4万枚がいったんはすべて外され、風雪にさらされ条件の悪い北と西面は新しい瓦にしかえ、南面は室町時代や昭和の瓦、東面には奈良から江戸時代にかけての瓦を葺き直すといった大規模な工事となったが、この2月23日、作業は無事完了し、我々は再びその壮麗な姿を仰ぐことができるようになった。

堂内に入る。

休日ということもありかなりの数の参拝客が平安の御代の御仏の姿に目をやっていた。にもかかわらず・・・にもかかわらずである。堂内はいたって静寂で、この堂の本尊、薬師如来の正面に立ち手を合わせていると、今ここにいるのは自分一人だけであるかのような錯覚に陥ってしまう。建立以来、1000年をこの国の転変を見続けて来た御仏は、この未曾有の危機にあるこの国をいかにご覧になっていらっしゃるのか・・・ふと、お聞きしたくもなった。