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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

石上神宮・鎮魂祭・・・中

斎主の修祓によって、他の祭員と私たちはすっかりと浄められ、天神社・七座社へと向かう。天神社には、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)神皇産霊神(かみむすびのかみ)の二座、七座社には、生産霊神(いくむすびのかみ)足産霊神(たるむすびのかみ)魂留産霊神・たまつめむすびのかみ大宮能売神(おおみやのめのかみ)御膳都神(みけつかみ)辞代主神(ことしろぬしのかみ)大直日神(おほなおびのかみ)の七座、あわせて九座の神々が祀られている。これは鎮魂の儀式に関係の深い宮中八神に、 禍事や穢れを祓い清浄な状態に戻してくれるという大直日神を祀ったもので、これらの神々は 上古の世からこの石上神宮に鎮座しているという・・・

ところで言わずもがなではあるが、念のために宮中八神について説明すると

皇居内の神殿に天神地祇とともに祀られている神産日神高御産日神玉積産日神生産日神足産日神大宮売神御食津神事代主神をさし、古来天皇守護の神々とされる。もとは神祇官八神殿に祀られていたが、1872年(明治5)宮中に遷座された。

日本大百科全書

ということになるらしい。上述のように鎮魂の儀式とは非常にかかわりの深い神々で、宮中においても・・・というよりは、こちらの方が本来のものなのであろう・・・同じ新嘗祭の前日、すなわち勤労感謝の日の前日の11月22日に、新嘗祭(または大嘗祭)という重大な祭事に臨む天皇の霊を強化するため、この儀式が行われている。第二次世界大戦以後は皇后や皇太子夫妻に対しても行われている。

ではなぜこの日に鎮魂の儀式を行うのか・・・鎮魂祭はかつては旧暦11月の2度目の寅の日に行われていた。これが太陽暦導入後は11月22日に行われるようになったのであるが、旧暦の日程に従えば、この日は太陽の活力が最も弱くなる冬至の時期にあたる。そこで太陽の神である天照大御神の子孫であるとされる天皇の魂も、この時期にその活力が衰えると考えられ、その衰えた活力を高めるために行われた儀式と考えられる。

・・・とよく知らぬことをことごと語るのはここまでにして、祭りの様子をお伝えしよう。

天神社と七座社の間にはその中間にあらかじめ祭壇が設けられていた。両横に一対の雪洞が置かれているのが見える。時刻は5時少し過ぎ。周囲は殆ど暗くなっている。もちろん私たちのいる場所は照明によってある程度明るくは照らされているが、そのためか二つの雪洞によって照らされている二つの神の社の辺りはかえって暗く見える。

「ろ~~~う、ろ~~う、ろ~~う・・・・」。斎主の重々しい声が響くとともに、「ギィー、ギィー、ギィー」と何かがこすれる音。そう・・・天神社と七座社の扉が開かれているのだ。

そして神饌。これまたあらかじめ用意されていた唐櫃より神饌9種が取り出され、次々に祭壇に並べられる。山海珍味を居並ぶ神々に召し上がっていただくのだ。我々よりも一段高い場所で儀式が行われているため、神饌の乗せられた台(折敷か?)の上に何が置いてあるのかはわからない。一つだけその立派さゆえに見えたのは、鯛・・・それはそれは巨大な鯛で、頭と尾が天に向かって反り返るように台の上に置かれていた。

続いて祝詞の奏上、玉ぐしのが奉納、神饌が撤収され、一連の儀式は終了する。

この間およそ30分。あっという間の出来事だった。これからがいよいよ本番だ。

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千と数百年続く神秘の儀式が繰り広げられる拝殿は、ライトアップで照らし出されたこの重要文化財の楼門のうちにある・・・・