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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

石上神宮・鎮魂祭・・・下

さて、これからが石上神宮鎮魂祭の本番である。祭主、祭員は天神社前から本社拝殿へと移動する。それにつれて、参拝者も移動を行う。

私が拝殿前に着いたときには、拝殿の上は多くの氏子たちでいっぱいになっていた。拝殿に向かい左右に天幕も張られ、そこに並べられた椅子席もすでに満杯であった。拝殿には灯りがともされ、その奥の幣殿には御簾が下がっていた。拝殿内の薄明かりに御簾の向こう側の神鏡がほのかに光を発している。その左右には一対の結び灯台 が灯されていたから、私の見た神鏡の発する光とは、その灯火を映したものだったかも知れない。

拝殿に向かって左奥には柳筥(やないばこ)が置かれ、その隣には、榊に鈴をぶら下げた著鈴榊(ちゃくれいのさかき)が立て祀られていた(奉るの語源)。さらにその横には、御幣と本殿の鍵が準備されているらしいが、拝殿下にあった私のはそれが確認できなかった。

儀式は始まる。斎主が幣殿の御簾を巻き上げる。静かに静かに楽の調べが聞こえてくる。祭員たちは恭しく神饌を供え始める。すべての神饌が備え終わった後、一人の祭員が神事用具を入れた柳筥と著鈴榊を神前に置く。禰宜は御幣を取り、拝殿正面奥にて斎主に手渡し、斎主が奉幣(ほうべい)の儀を執り行う。祭主は幣を持ち、中央に、やや左に、そしてやや右に低頭する。そして坐り、再び立う、また中央、左、右に低頭を繰り返す。 これを何度繰り返しただろうか・・・やがて、一人の祭員が幣を受け取り神前に立て掛け、斎主とともに二人で拍手を打った。

つづいて祝詞奏上。となえられていたのは確か十種祓詞(とくさのはらえごと)だったかと思う。

斎主の声は鎮まりかえった布留の神庭に荘重に響き渡る。あたりは静寂に包まれ、おりから吹き渡る風によって振り落された木の葉の地に降り敷く音さえも聞こえる。ときおり「カンカン」という金属音に近い音も聞こえる。社殿を取り巻く木々の木の実が社殿の屋根を打つ音だ。

御簾は下ろされ、いよいよ招魂の儀だ。殿内及び周囲の照明が一斉に消され、あたりは漆黒の闇に閉ざされる。殿内の結び灯台のほの暗い明りだけが唯一の光である。そのほのかな明かりに中に、二つの人影が動くのがわずかながらに知ることが出来る。二人の動く衣擦れが聞こえる。そして・・・幽かな鈴の音が聞こえてくる。おそらくは上述の著鈴榊を二人のうちどちらかが静かに振るっているのであろう。幽かな・・・まことに幽かな音である。そしてその鈴の音の合間に、これもまた幽かに聞こえてくる。

ひふみよいつむゆたやことう ふるへゆらゆらとふるへ (一二三四五六七八九十 布瑠部 由良由良止 布瑠部)

幽かではあるが、しっかりとわが耳に届いたそれはまさしく使者の魂さえ蘇らせるという「布瑠の言」。天岩戸前にて天鈿女命が唱えたともいう・・・天岩戸に隠れたたもうた天照大御神を岩戸のこちらに誘い出す・・・すなわち太陽の再生を期する呪言であった。その神代より伝わる呪言と鈴の音とによってあたりには神聖なる気が漲る。

やがて・・・ふたたび御簾が巻き上げられ、一斉に灯りがともされる。祭員の一人が十代物袋(十種神宝を紙上に著したもの)を取り付けた著鈴榊で参列者一同を祓う。次に、斎主が玉串を奉奠し、斎主に合わせて祭員、そして参拝者一同で拝礼を行う。続いて神饌を撤され、斎主が柳筥に入った玉の緒と洗米を奉書に包み、神職2名を従えて本殿に納める。最後に、宮司が幣殿の御簾を降ろし、殿内にて参列者に挨拶をして、何年と続いているかもしれぬ神儀は終了する。

これまでの静寂が嘘のように、神庭内には参拝者のざわめきが満ちる。不思議な・・・まことに不思議な時間を過ごした。これが実感である。

鎮魂と書くと西洋の鎮魂歌(レクイエム)がそうであるように死者の魂を鎮める・・・との意味合いに感じられてしまうが、我が国の鎮魂にはもう一つの意味がある。「魂振り」だ。力を失い弱まったり、その本体から遊離したりする魂を呼び起こし、その本体に鎮める呪的行為を」いう。

鎮魂祭は饒速日命(にぎはやひのみこと)の子の宇摩志麻治命(うましまじのみこと)が十種神宝で、瀛津鏡(おきつかがみ)邊津鏡(へつかがみ)八握剣(やつかのつるぎ)生玉(いくたま)足玉(たるたま)死人玉(まかるがへしのたま)道反玉(ちがへしのたま)蛇比禮(へみのひれ)蜂比禮(はちのひれ)品物比禮(くさぐさのもののひれ)鎮魂(たまふり)をもって、神武天皇と皇后の長久長寿を祈ったことに始まる。その作法は、猿女(さるめ)系・阿曇(あずみ)系・物部(もののべ)系など種々存在するが、当神宮は、もともと物部氏の斎く神の社、当然のことながら『先代旧事本紀』に記された物部氏伝来の作法に基づいて鎮魂の儀式は執り行われる。秋も終わりに近づき、日常の生命力が衰微し枯渇しそうになるこの時期に、その衰えた生命力を振り起こし、新たな力を我らが肉体に宿らせんがための儀式である。

そして、この祭りが終わると大和は「冬・・・増ゆ」を迎えることになる。

1.3本の丸棒をひもで結び、上下を開いて立て、上に油皿を置いて火をともすもの。宮中での夜間公事などに際して用いられた。

2.柳の細枝を編んだ蓋(ふた)つきの箱。文房具・装身具などを入れた。のちには蓋を冠などをのせる台に使った。

3.玉を貫く糸のようなもの、あるいは玉を糸のようなもので貫いたもの。玉は魂と同根の語で、魂を表象するものと考えられていた。宝玉などをさす事が多いが、これに穴を開け糸状の緒を通す。玉の緒を揺らすと、貫かれた玉がぶつかり合い、音を立て、霊威が発動すると考えられた。