大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

今年の人気記事ベスト10(笑)・・・この一年の締めくくりとして

2014年も終わりに近づいてきて、そろそろこの一年の締めくくりをなんていう時期になってきた。この一年、世の中を賑わした出来事などを振り返り、今年の10大ニュースなんてものを考えても良いのかな・・・なんて思い、どんなことがあったのかをちょいと思い返してみたら、思い出される出来事のどれもこれもが気の滅入るようなことばかりでうっとうしくなってきてしまった。

そこで、対象を絞り私の近辺にあった出来事で10大ニュースを考えてみようと思ったが、我がブログにいつもおいでの皆様にはご存じのように、まことに波風のない人生を送る私にとって10ものニュースを探すのはなかなか大変な事である。もちろん、そんな私の人生にあっても少しぐらいは波の立つようなこともあるので、ニュースと呼べるような出来事が全く皆無であるとは言えない。念願叶って薄氷堂さんにお会いすることも出来たし、玉村の源さんにもお会いすることも出来た。さらには何をとち狂ってしまったか、数十年ぶりに萬葉学会の大会に参加する・・・なんてこともあったが、それでも片手の指には足りない。

何か「今年の10大なんとか」・・・というものを集めることは出来ないか・・・と考え、今回の表題を考えついた。そして、統計ソフトを利用して次のような結果を得た次第である。数字は昨年の12月18日から今年の12月18日までのものである。

1位 Home page/4,649 2位 大津皇子と大伯皇女/1,603 3位 高橋和巳という作家/1,579 4位 当麻寺に行く・・・2 /1,567 5位 あをによし奈良の都は/1,327 6位 当麻寺再述/1,315 7位 2012年卒業式式辞再述/465 18位2012・卒業式式辞/183 8位 纏向遺跡聞書/345 9位 当麻寺に行く・・・1/341 10位 当麻寺に行く・・・3/315

1位はまあ当然と言えば当然であろう。こういったブログサイトの場合、ブックマークや種々のブログに貼ってあるリンクを辿っていらっしゃやる方がほとんどで、その際、そこに貼られているリンクアドレスはHome pageのものであることがほとんどだからである。ということは、まずは我がブログのブックマークに載せて下さっているお方、そして自ら運営なさっているブログにリンクを貼って下さっているお方に、ここで厚く御礼申し上げなければならない。そしてそんなお方の多くが、毎回のように我がブログをご訪問なさっているであろうことも、やはり当然のように想像される。これまた厚く御礼申し上げたい。

さて、2位以下について・・・ここにはもちろん、1位のホームページにたどり着いた方が、何かのきっかけで我がブログおいで下さり、ブログ内を彷徨われた結果がそこにはあるのだろう。当然のことながら、その彷徨にはその方の興味のありようが反映されているはずだ。どこにあるか分からない日々の記事よりも、上のメニューから興味のおもむくままにそれぞれの記事にたどり着いたと思われるからだ。また、さらには検索エンジンによって我がブログまでたどり着かれた方を想定しなければならない。これもまた興味のおもむくままの行為の反映に他ならない。いずれにしろ世の方々がどのようなことに興味をいだかれているのか・・・その一端をうかがい知ることが出来るように思われ実に興味深い。

まあ、だからといってそんな興味の対象を想定して記事を書くような芸当は私には出来ない。自分の書けるものを書いて行くだけであるから、世の人々の興味の対象を知ったところで我がブログのアクセスアップにはつながらないことは重々承知しているが、・・・

なにはともあれ始めてみよう。まずは2位の「大津皇子と大伯皇女

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これは今、メニュー「大和逍遙」の中に置かれている固定ページに置いてある記事だ。このブログが「北窓三友」と名告っていた頃の、ごく初期に数度にわたって書いたものをたいして構成もせずにひとまとめにしたものだ。拙いと言えばあまりに拙い記事(拙いのは何もこの記事に限ったことではないが)であるが、どうにも捨てきれずに今もなお世にさらしている。

大津皇子と大伯皇女といえば、古代史上名高い悲劇の主人公(詳細は記事を読んでいただきたい)。歴史ばやりの今日この頃、彼等のことについてグーグル先生にお聞きになった方々が少なくはないこと容易に想像できるし、たまさかに我がブログにおいで下さった方が気まぐれにメニューのボタンをまさぐっているうちにふと興味を抱かれたことも、これまた容易に想像できる。ただし、我がブログがそんな方々の知的欲求を満たすことが出来たかどうかは別問題である。

続いて3位の「高橋和巳という作家

この記事にこれほど興味を持たれたことは少々驚きである。文章はメニュー「屑かご」に置いてある。これまたこのブログが北窓三友と名告っていた頃の、ごく初期にたいした考えもなしにふと書き付けた一文で、中身もなんにもないものであるが、そんな記事にこれだけの方がおいで下さるとは・・・おそらくはお読みになってがっかりなされた方がほとんどであろうと思うのだが、私が驚いたのはそんなことではない。高橋和巳という名が、今の世にあってこれほどの人を惹きつけているという事実だ。

高橋和巳という作家はもう世にはいない。かつて全共闘運動が華やかなりしころ、その主体である学生達に読まれていた作家で、志向するところは今の世のありようを真っ向から否定する。書店に行ったところで、この作家の作品を見つけることはかなり難しいと言うのが、高橋和巳の今日的な評価である。そんな作家にこれほどの人々が興味を持っていることに、やはり現在のこの国のあり方にどうにもなじめない方々が少なからず存在するのだ・・・と、改めて実感される。その熱心な読者は今60歳から70歳にかけての団塊の世代の方々がほとんどだとは思うのだが、うれしいことに、おそらくはそんな世代と思われる方から今年に入って2通コメントを頂いた。感謝しきりである。心を込めて返事を書かせていただいたが、そのお二方に満足できるような返事であったかは、はなはだ自信が無い。

4位「当麻寺に行く・・・2 」

これは9位の「大麻寺に行く・・・1」・10位の「当麻寺に行く・・・3」と一続きの記事。2010年の10月に書いたもの。それが今年に入ってブレイクした(笑)。その詳細については6位の「当麻寺再述」に詳しい。テレビというもののパワーをまざまざと見せつけられた出来事だった。

続いて5位「あをによし奈良の都は」 これもまたメニュー「大和逍遙」から。

あをによし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり 奈良の都は咲く花が美しく照り映えるように、今が真っ盛りである。

小野老(おののおゆ)万葉集巻三・328

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万葉集の中でも殊に名高い一首である。上の歌に貼り付けたリンク先は私が営む万葉集の短歌を扱ったサイトであるがここでもアクセス数で1位2位を争う人気の1首である。2010年、奈良において平城遷都1300年祭が営まれたが、それを契機に同じ古都ではあっても常に京都に出し抜かれていた奈良がついに打って出た。「記紀・万葉プロジェクト」がそれである。そのありようについては「なら記紀万葉」というサイトを見ていただければ、我が県の気合いの入りようが窺い知れる。一頃は修学旅行のメッカとして名を馳せていた奈良ではあるが、修学旅行の傾向が変わり、そういった観光客が減るに連れて、他の観光客も減りつつあった。が、ここ数年奈良公園あたりに出かけていっても、いつも多くの観光客で賑わっている。なにがしかのイベントがあれば、そのどれもこれもが盛況のうちに終わる。

そんな状況にあって、その舞台となる平城京の繁栄を詠んだこの歌に多くの方が興味を抱いたのは当然と言えば当然か・・・

次に7位の「2012年卒業式式辞再述

これは一昨年に書いた「2012・卒業式式辞」と言う記事が去年の冬、そして今年の冬の卒業式を前にした時期に急にアクセスが増えたことについて詳述したもの。詳細はこれまた記事の方を読んでいただきたい(お暇でしたら)。どの地域でも卒業式が終えられた3月に入るとアクセスはぱたりと止む。どうやら、世の校長先生方はご自分が読まねばならぬ卒業式の式辞のお手本をネット上にも求めていらっしゃるようだ。

去年だったか、自分のブログにこんなにアクセスが集まるはずはない(笑)と不審に思って、試みにそのアクセスが増えた時期、自分で「卒業式式辞」とグーグルで検索してみた。東大・京大・阪大といった歴々の式辞を出し抜き、検索ワードのトップに躍り出ていた。もちろんこの式辞は私が書いたものではない。我が母校石巻高等学校の校長先生が書かれたものだが、そんなことを含め、私はひそかに優越感にひたったものだ。

・・・もしやと思い、今はどうかと確かめてみたが、今もなお10位を保っている。今年もまた12月に入って、ぽつりぽつりとこの記事にアクセスする方が出始めている。世の校長先生方はこんな時期からもう3月に読む式辞について頭を悩ませているのかと思い、妙な気持ちになった。

9位と10位がもう出てきてしまっているので次の8位「纏向遺跡聞書」が最後になる。この記事は5年ほど前であったか、地元桜井市であった講演会の内容をまとめたもの。「聞書」とあるのはそのためだ。講演者はこの纏向遺跡の発掘の先頭に立って進めていらっしゃる橋本輝彦氏(桜井市教育委員会文化財保護課)。実に誠実な訥々とした語り口は、長年この遺跡の発掘に関わってきた事実が背後にある故、抗いがたい説得力があった。彼が語るのは地道な発掘の成果から導き出された事実のみ。決して大向こうを唸らせようとする派手な論理の展開はない。しかしながら、90分という時間があっという間に過ぎ去ってしまったという思いをいだかせるに足る魅力的な講演であった。大和の地にすんでいながら邪馬台国は九州にあっただろうなんて思っていた私が、一気に邪馬台国大和説に傾いてしまった。

家に帰るや、興奮冷めやらぬまま私はパソコンに向かった。今聞いたことを書き留めておかねば・・・そんな思いが私を突き動かした。かなり長い文章であるが、一気に書き上げてしまった。時間にして2時間足らず。今思い返してみれば、我ながらよくもそんなことが出来たと思うのだが、それほど橋本氏の講演が私に与えたインパクトがそれだけ大きかったのであろう。

ただ・・・勢いに任せて書いたことだけあって、今読み返してみると「?」と思わざるを得ない部分が散見する。おそらくは私の聞き違いや勝手な思い込みで怪しい論の展開になっているものであろうと思われるから、その部分に関しては橋本氏に責任はない。全ては私の胡乱なる記憶と思考のせいである。訂正の必要はあろうかと思われるが、そうなると私自身この遺跡について、それなりに本格的な勉強をする必要が出てくる。加えて、この文章を書き上げてからも纏向では次から次へと新たな発見がなされており、それらの成果も文章には反映されなければならないであろう(部分的にはすでに反映させた部分もあるが)。ということで、たまさかにこの文章にたどり着いた皆様には実に申し訳ないがしばらくの間は「?」と眉につばをつけたままこの文章を読んでいただくことになる。

以上、我がブログにおいてこの1年、最も多く読まれた記事について思うところを述べてみた。残念なのは、今年書いた記事が一つもこの中にはないことである。そんなことでこの一年を締めくくったことになるのかどうかは自信が無いが、とりあえず、以上を本年の我がブログの総括としたい。願わくは、来年もし同じような試みをするときには、来年書いた文章が、その中に一つでも二つでも入っていてくれることである。