大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

余は如何にして三友亭主人と名のりし乎

冬になるとめっきり散歩をすることもなくなり、加えてお得意の寺社仏閣めぐりも間遠になってしまう。寒さゆえのことだが、そんな営みをブログネタとする私としては、冬場はネタ不足に苦しむ季節となる。そんな時期にこそ、少々調べてみたい、あるいは考えてみたいと思っていることどもにじっくりと取り組み記事として皆様にお目にかけるのが最上とは思うのだが、どうにもものぐさが過ぎる私はあっちを調べかけてはちょいと面倒くさそうだ、こっちを調べかけてはこれはかなり手間がかかりそうだ・・・などといって、なかなか手につかない。

そこで、ここはちょいと初心に返って、ブログを書き始めた当初はgatayanと名のっていた私が、何故「三友亭主人」と名のり始めたのかについて語ってみたい。

無論、その当初からお付き合いいただいてる皆様には既知の事であろうが、中には最近になってからお付き合いを始めた方々もいらっしゃることから、そんなことどもをここで振り返ってみるのもあながち無駄とは言えないように思う。さらにはここでその事を再述することにより、私がこのブログで何をしようと思っていたか・・・そしてその思っていたことと、最近のこのブログのありようを引き比べ、今後の自らの指針を示してくれるような気もしないではない・・・かといって、その指示された道を私が歩んで行くことが出来るかどうか・・・甚だ疑問ではあるが・・・

ちょいと前にも述べたように、このブログは初め「北窓三友」と名のっていた。だから、「三友亭雑記」というブログ名と「三友亭主人」というハンドルネームは、そこから派生したものだとは簡単に理解できる。しからば・・・「北窓三友」とは?

それは畏れ多くもかたじけなくも彼の国の詩人白楽天・・・白居居の一篇の詩題から戴いたものだ。

北窗三友 白居易 今日北窗下 自問何所為 欣然得三友 三友者為誰 琴罷輒舉酒 酒罷輒吟詩 三友遞相引 循環無已時

窗・・・窓

今日北窓の下 自ら問ふ何の所為ぞ 欣然として三友を得たり 三友とは誰とか為す 琴()みて(すなは)ち酒を挙げ 酒罷みて輙ち詩を吟ず 三友(たが)ひに相引き 循環(めぐ)りて止む時無し

とでも訓ずべきなのだろうか・・・ かなりの長詩ゆえ引用はここにとどめるが、私がこの詩の詩題をブログ名に頂いた理由はこの部分から充分に窺い知れる。北窓は北に窓のある部屋、手元にあるいくつかの辞書には載っていないし、ネット上にもこの語はなかなか見当たらない。あるいは大漢和辞典などを引けば見つけることが出来るのかもしれないが、あいにく手元にはない。しかたなく佩文韻府なんて書物を繰ってみるが、この詩が用例として挙げられているのみで、どうにもその意味内容についてはわからない。・・・仕方がないので、光の安定した書斎などをいう語かと思って勝手に納得している。

詩の大意としては

今日私は北に窓のある書斎にあって自らに問う・・・お前は何のためにそうしているのかと。 三人の友を得て喜んでいるのだ・・・。では三人の友とは?・・・(それは琴、酒、詩である。) 琴を弾じる殊に飽きては盃を手にし、酒に飽きては詩を吟じる。 この三人の友たちは、お互いに引きあっては巡り、巡っては引きあい、いつまでも止むことがない・・・

とでもなろうか・・・

訓読、大意ともにあくまでも私の勝手な案であってその正確さには自信がないが、そう大きな過ちもなしてはいないかと思う(どなたか、正しい訓み、大意をお教えくだされば、まことにありがたい)。

琴・酒・詩・・・これを風雅の友とした楽天先生の境地に少しでも近づきたい・・・それが「北窓三友」と最初にブログ名を考えた理由である。ここまで言えば、「三友亭雑記」「三友亭主人」という現在のブログ名とハンドルネームの由来はお分かり頂けると思う。琴は音楽に置き換え、酒は酒をはじめとしてその友である食い物と置き換え、詩は学生の頃少しく齧った万葉集(をはじめとした文学)に置き換えて、我がブログの主題に据えようとしたのである。

その当初の考えが、そのまま今のこのブログの姿に反映しているかどうかははなはだ自信がない。考えてみれば、好きでギターなどをつま弾いたり、CDに耳を傾けてはいるが、それを語るには私の知識はあまりに乏しい。酒は・・・これはまた毎日のようにお付き合いいただいているが、残念ながら皆様にそのご紹介を為すだけの言葉は私は持たない。詩は・・・時折、万葉集に関していささかの思いを述べたり、「万葉歌僻読」とか「家持歌日記」なんてブログを他に営んではいるものの、極めていい加減なことしか書けてはいない・・・

羊頭を掲げて狗肉を・・・のそしりを免れえないことは間違いない。

・・・と考えて来たとき、「三友亭」という名をそのうち返上しなければならないのではないか・・・そうでもしなければ楽天先生にあまりにも失礼だ・・・などとも思うのではあるが、わずかではあっても皆さんにお親しみいただいた名でもある。なんとかブログ名・ハンドルネーム返上の不名誉を免れるべく、今後の精進を自分自身に期待するのみである。

若いころは「新楽府運動」を展開し、社会や政治の実相を批判することもあった楽天先生ではあるが、江州に左遷された後は、そんなことから足を洗い、日常のささやかな喜びを主題とすることが多くなった楽天先生ではあるが、社会や政治の在り様に関しての批判的な視線は決して失せることはなかったと私は考えている(白楽天についてさほど知らない私がこんなことを言うのも気が引けるが・・・)。私もまたこのブログの中では社会や政治に関することは書かないようにしているが、私なりには常に稚拙な考えを思いめぐらせてはいる・・・この点のみは楽天先生にも少しは許していただけるのではとひそかに甘い期待をしている。