大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

我が飲酒の記・・・酒との出逢い2

前回は「酒との出逢い」と題して、私がアルコール飲料と以下に出会ったかについて「ビール」に絞ってお伝えした。が、それと並行して私は「清酒(私は『日本酒』という言い方を好まない)」とも出逢っていた。ビールほどその年代はあきらかではないが、それほど年月の隔たりはなかろうと思う。

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私が清酒なるものを初めて口にしたのは、おそらくはそんな幼少期のお正月であった。元日の朝に目覚めた私は、大晦日の晩、母親が枕元に置いてくれた真新しい下着(お正月とはいえ、誰も晴れ着を着る習慣のなかった我が家にあって、元日には新しい下着を身につけることがそれに替わる習慣であった。)を身にまとい、家族と新年の挨拶を交わす。父親は神棚やらご先祖様の前にお正月料理を備えることにばたばたしている。この時神棚にはたっぷりと御神酒をお供えするのが通例であった。

一通りの準備が済んだ後、我が家族は順々に神棚とご先祖様の前に座り新年のご挨拶をする。そしていよいよ正月のごちそうだ。ごちそうとはいえ、さして多くのおせち料理が並ぶわけではない。お煮染めに大根と干し柿を細く切ったものをなますにしたもの。そんなところだったように思う。けれども私たちがその日の料理をごちそうだと記憶するのは、その日に饗される多様な餅料理に由来する。

もちろん、メインはお雑煮。これは以前紹介したことがあるように豪華きわまりないものであった。ほかに海苔餅(磯辺巻き)、納豆餅、きなこ餅、おろし餅(時によって大根おろし煮は沼海老という小エビが入っていた)、あんこ餅、ごま餅、くるみ餅・・・それしか、ごちそうと呼べるもののなかった東北の餅料理は実に多彩である。これらの餅を一通り食べるだけでもざっと10個以上の餅を食さねばならない。「ならない」とは記したが、子どもだった私は、正月気分も加わって調子に乗って20個以上は餅をいつも胃の中におさめていた。加えて1個の餅のサイズが、現在スーパーなどで市販されている切り餅の4倍以上はあったように思うから、食事が終わった頃には動けぬほどの満腹になっている。それでも成人にいたるまでの私は、どちらかといえばやせ形であったことを思うと、若い頃の新陳代謝の激しさは恐るべし・・・とつくづくと思う。

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そんな食事に先立って、家長である父は先ほど神棚に供えた御神酒をたばってくる(おそらくは「賜わってくる」の意であろう)。そして、一つの杯の6歳年上の長男から順に回し「御神酒」だといってはお酌をしてくれた。ビールにおいては遵法精神に欠けていた私ではあったが、「清酒」にかけてはその遵法精神がよみがえってきて、「子どもが、酒をのんだらいけないのに・・・」と父親をいあさめること、毎度のことであった。そのたびに父は「これは酒ではない。御神酒だ・・・」といって私を説得にかかる。「神」と名のつくものに弱い私は容易に父に説得され、盃一杯の聖なる液体を我が幼少期の胃へとおさめた。

腹の底がカーッと熱くなり、体中が温かくなるのを実感した。胃の働きは活発になり、その後食べるどの料理もうまくなるのを感じた。口中に残るその味わいは・・・無論、悪いはずはなかった。大人とはこんなにもうまいものをいつも口にしているのかと、うらやましく思えた。

ところで上に書いた我が家の正月の餅料理について、東北地方在住の方々ならばおおよそ見当のつく餅料理も、それ以外の地方にお住まいの方には少々分かりづらいものがあろうかと思うので、そのいくつかについて説明を加えておこう。

まずはごま餅。これは黒ごまをすり下ろしたものに砂糖を混ぜ、焼いた後に湯通しした餅(焼かずに湯通ししただけの時もある)にまぶして食するものである。まあ、きなこ餅のきなこを黒ごまのすり下ろしたものに変えただけのものであるが、きなことは違いごまの香ばしい香りが何とも言えず魅惑的だった。

次にくるみ餅。餅に限らず東北地方ではくるみを食べる機会は多いが、このくるみ餅はその中でも私の好物中の好物であった。これはごま餅とは違いくるみをすったものに砂糖を加えただけのものではなかった。何を加えてそうしたのかは覚えていないが、とろりとした餡状のものが餅にまぶされていた。その甘いくるみ餡の香りと味が、飛び抜けてうまいもののように私には思えた。ただし、あの堅いくるみの殻からその中身だけを取り出すのは非常に面倒くさい作業なので、我が母親はあまり多く作ることはしなかったので、少ししか食べられないのがいつも不満であった。しかも、他の餅料理は三が日を通して饗されたのに、くるみ餅は元日だけのごちそうであった・・・

・・・とまあ、こんなお正月の食事の中で、いつしか私は「清酒」の味と親しむようになっていったのである。

無論、これだけで今の私が出来上がったのではない。今の私にいたる過程は次回以降、順を追ってお話しして行こうと思う。