大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

上京記・・・2

10時16分発の「のぞみ」に乗り込んだ私は、座席に着くや京都駅で購入した「京都麦酒 蔵のかおり」を栓を開け、チビチビとやり始めた。昼日中からの飲酒であるが、なあにこれが望ましい慰安旅行の姿である。前回もお話ししたように「香りがよく、さっぱりしているのにコクがある」ビールである。少々値は張っていたが、その値に応じるにあまりある味わいであった。朝食をとってからもう4時間近くは立っていたので、ほんの少し空きっ腹だったこともあって、ちょいといい気分になることが出来た。

東京駅に到着したのは12時33分。これから築地に向かう予定である。最初の訪問地に築地を選んだのは、そこで昼食をとるのが目的だ。

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そして築地。同行の皆が慣れぬ東京ゆえ乗り換え等に少々手間取り、たどり着いたのが13時30分頃。早速おめあての店を目指す。途中、目についたのが築地本願寺。奈良に暮らし、伝統的な寺院建築に慣れ親しんだ我々には少々異形の寺院ではあるが、当寺の方もその自覚はあるようで、ホームページには「一見お寺に見えず、人によって洋風ともインド・アジア風とも捉えられる『何か不思議な、荘厳な建物』と映る」と紹介している。ちょいと中に入って見学でもしたいものだが、なにせみんな腹が減っている。その異形にしばし見入ったあとは築地場外市場へと急いだ。

お目当てのお店はここ。

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かなりの店舗数を誇るお店らしいが、ここはその本店。数あるチエーン店には寿司が回っているお店も多いらしいが、ここの寿司は回ってはいない。回っていない寿司を食べるなんて、本当に久しぶりだ・・・前に回らない寿司屋に入ったのはいつだっただろう・・・なんてことを思いながら、3階に用意された席に着く。昼食のピーク時を外れてはいたが1階、2階ともに混み合っていて(もちろん3階も)、お店の繁盛ぶりがよく分かる。

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それから1時間後、すっかり満腹になった私たちはゆるりゆるりと場外市場内を歩き回る。とあるお店の前に行列が出来ている。卵焼き屋だ。誤解を恐れずに言えば「たかが」卵焼き屋の前にこうも長々とした行列ができるなんて・・・とは思ったが、我が愛すべき同僚達はその最後列に着いた。なんでも、有名店なのだという(まあ、そうでなければ行列が出来るはずもないが)。あとで聞いたところテレビで有名な方のお兄さんがやっているお店で、テレビにも度々登場しているお店なのだという。

私は並ぶことをしなかったが(なにせ昼食時のビールが早くも外に出たがっていたのでトイレを探していた)、根気強く行列に並んでいた同僚から三切れほどお裾分けをしてもらった。砂糖をしっかり使った甘い卵焼きである・・・関西人である我が同僚達はこのような甘い味付けの卵焼きには慣れてはいない。関西では多くの家庭で作られている卵焼きは、出汁は使うが砂糖は使わない。もし甘みを加えるとしたら味醂を少々といった程度である。したがって、この有名店の卵焼きもあんまり評判は良くなかったようである・・・東北で生まれ育った私のは極々懐かしい味に思えたのだが・・・ 続いて訪れたのはここ。

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写真を見ればそれがどこなのかはお分かりのことかと思う。かねがね一度はお参りしたいものだと思っていたが、50代も半ばになってようやくその念願は果たすことが出来た。

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それこそ芋の子を洗うような仲見世の雑踏をくぐり抜けるとやっとこさ宝蔵門(旧称 仁王門)。相変わらず人出は多いものの、仲見世の雑踏に比べればまだまだ緩やかなものだ。正面に見えるのは本堂。秘仏本尊聖観世音菩薩をはじめとし、慈覚大師作のお前立ご本尊、徳川家康徳川家光、公遵法親王などの護持仏であった観音像がお鎮まり下され、その左右を梵天帝釈天の二天が守っている。本尊の脇侍として不動明王愛染明王が祀られているという・・・などとくだくだしい解説を加えることも必要のないほどのありがた~いお堂である。

そんな有り難いお堂前にて、観音様にお決まりの世界平和を祈願したあと、御堂から見て右手にある五重塔を見上げる。1973年(昭和48年)11月1日再建の鉄筋コンクリート製。高さ48m強のなかなか立派な等である。

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そして、そこから振り返って反対方向を見渡すと見えてくるのはこれ。

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ご存じスカイツリー・・・近代建築の最先端を行くようなこの現代の塔と、鉄筋コンクリート製ではありながら伝統的な様式の塔とが1カ所にてこうやって見渡せる不思議な場所で・・・浅草寺はあった。

そして次に我々が目指すのが・・・ここだ。

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