大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

上京記・・・5

休日にもかかわらず開店(大阪の場合、ほとんどの店は休日でも開いていることが多いのだが)している神保町の古書店を巡り歩くこと2時間半(開店前の下見を含めると3時間以上)。時刻はもう12時をまわっていた。先日述べたように私は、この日最初に訪れた店を再び訪れていた。先に目をつけておいたいくつかの書物を購入するためである。

店の名は澤口書店・・・はて、ここには厳松堂という古書店があったはずだが・・・と思い出した私は、ふとその店の入り口の上部を見る。大きく「厳松堂」という看板が出て入るではないか。壁面にも「GANSHODO」という文字が・・・そして、またその下の当書店の黄色いひさしにも「厳松堂ビル店」とあるのにも気がついた・・・そうだ、確かにこの場所には厳松堂という古書店が存在していたのだ、ということを私は確認した。調べてみると、かつてここにあった厳松堂は3年前に閉店したらしい。どうやら、その後に入店したのがこの澤口書店のようである。

私は自分の記憶の正しさにほっとしながら、店内に入る。先ほど目をつけておいた3冊を手にしカウンターへと進む。所定の金額を支払うと、お店の方が「これをどうぞ」と小さな紙切れを渡してくれた。3軒隣りの当店の姉妹店にてドリンクのサービスをどうぞ・・・という。店を出てほんの数歩、私はその3軒隣りの、その姉妹店という店に入った。店の名は澤口書店東京古書店(ちなみに先ほどの店は澤口書店巌松堂ビル店)。早速そちらのお店の方に、先ほどの紙切れを見せると「お2階にどうぞ」と案内をしてくれる。上ってみると、2階店舗の窓側の半分ほどにテーブルとイスが備え付けられ、その傍らにコーヒーサーバーが置いてある。

なんとうれしい気遣いではないか・・・早速、私はテーブルに購入した書物を置いて、コーヒーサーバーの横の紙コップを手にした。辺りに漂う古書の香りの中に、芳醇なコーヒーの香りが漂う。おもむろにイスに座り熱いコーヒーを私はすすった。春先ということもあり、少々冷たい雨の中を長く歩き回っていたせいで、すっかり冷え切っていた私の体にはその熱さが、何とも快いものであった。購入した古書の頁をぱらぱらと繰りながら、しばし至福の時間を私が過ごせたことは言うまでもない。

けれども、先に述べたように時間は正午をかなり回っている。東京駅での集合時間は14時30分。14時には水道橋の駅のホームに立たなくてはならない。昼食をとらねばならぬ・・・いつまでも至福の時を過ごすわけには行かない。私は再び冷たい雨の街頭に出、昼食の場所を探す。せっかく江戸に出てきたのだから、江戸前の蕎麦でもと思い、しかるべき蕎麦屋を探す。神田という土地柄、いくつかの著名な蕎麦屋はある。けれども、それらの店まではちょいと距離がある。雨の中・・・しかも少々重い荷物を手に傘をさして行くにはちょいとおっくうだ。しかも時間的な制約がある。これはこの近辺で探さねばならない。

しかしながら、いくら探しても立ち食いに毛の生えたような店しか目に入らない。 ・・・〆張鶴という文字が、突然私の目を惹いた。ご存じ、越後の銘酒である。かなり以前、さるお方からこの銘柄の純米をいただき、その美味に驚いてから、もう一度あの美味を味わってみたいと思いつつ、大和ではこれを置いている酒屋は滅多になく、仮に見つかってもおおよそ手の出せぬほどの値という事情から、私にとって「幻の銘酒」となっていた酒である。そして・・・その店は越後名物の「へぎそば」を饗してくれる店であった。

せっかく江戸にいるのだから江戸前の蕎麦をとは思うのだが、〆張鶴の魅惑に負けた私は気がつくと店内の一角に陣取り〆張鶴の「月」を注文していた。そのお供は天ぷらの盛り合わせ。海老・烏賊・椎茸・茄子とお決まりの具材に加えて、越後のおばあちゃんが直送してくれているという山菜の類いが数種(それが何というものか私には分からなかった)。ほとんど油のにおいのしない、かなりさくさく(カリカリに近い)とした食感の衣に包まれたそれらに塩をちょいと振りかけ、一口食べては〆張鶴を一口すする。先ほどの澤口書店東京古書店2階でのひとときに倍するような至福の時間が私の訪れた。

しかし・・・昼日中から、何杯もの盃を傾けるわけにはいかない。正一合の〆張鶴が間もなく無くなろうとする時、私は店の名物の「へぎそば」を注文した。

へぎそば 1.5人前 うっま~~い!けど蕎麦湯がぬるい 950円 吾妻橋笹陣 posted by (C)@kantoku80

「へぎそば」は魚沼地方が発祥、つなぎに布海苔という海藻を使った蕎麦である。「へぎ」と呼ばれる器に載せて食することからこの名が付いたという。「へぎ」とは、剥ぎ板で作った四角い器で、この器に蕎麦を小さな束(私には一口分)にして盛りつけてある。

見た目は普通の蕎麦とあまり変わらない(ちょいと透明感があるかな?)。テレビなどで以前から見知り、一度食してみたいとは思ってはいたものの、なにしろ初めて食するものだ。少しばかり、おそるおそる口中に入れる。海藻の香りが強いかと思っていたが、それはほとんど無い。ただし、おそらく海藻に由来するものであろうぬめりが感じられる。人によってはこのぬめりが気になるかも知れない・・・そんなふうにも思ったが、私には逆にそのぬめりが心地よく感じられた。するすると喉を通ってくれるのである。キンキンに冷えたこの長いものは、口中に残る天ぷらの油と越後の銘酒の後味をすっきりとぬぐい去り、我が胃袋に心地よく納まった。

しめて1900円余り・・・昼食としてはやや贅沢に過ぎるかも知れなかったが、それに応じた・・・いや、それ以上の満足を私は得ることが出来た。滅多にすることのない旅のこととて、このぐらいの贅沢には目をつぶることにする(もちろん、自分に対して)。

さて・・・東京駅に急がねばならない・・・

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