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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

9月1日に思う・・・2

9月2日であるが、物の勢いである。昨日の記事についてさらに思うことを付け加える。

昨日、折口信夫関東大震災の際に、自警団と称する一団に囲まれ、彼等のターゲットであった「朝鮮人」に間違われ、多くの「朝鮮人」と同じように命を奪われかけた体験を詠んだ一首を紹介した。関東大震災の際には、この国の暴力によって強引に植民地の民とされた人々にまつわる流言蜚語がまことしやかに語られ、民間に結成された自警団なる組織が、その多くの命を奪ったことは知っての通り。我が国の汚点として永遠に語り継がれなければならない事実である。が、それとともに朝鮮半島の民と間違えられて命を奪われた日本人も少なからずいたことも忘れてはならない。

東京では朝鮮人が暴れ廻つてゐるといふやうな噂を聞く。が自分は信じなかつた。松井田で、警官二三人に弥次馬十人余りで一人の朝鮮人を追ひかけるのを見た。 「殺した」直ぐ引返して来た一人が車窓の下でこんなにいつたが、余りに簡単すぎた。今もそれは半信半疑だ。 ・・・丁度自分の前で、自転車で来た若者と刺子を着た若者とが落ち合ひ、二人は友達らしく立話を始めた。…「―鮮人が裏へ廻つたてんで、直ぐ日本刀を持つて追ひかけると、それが鮮人でねえんだ」…「然しかう云ふ時でもなけりやあ、人間は殺せねえと思つたから、到頭やつちやつたよ」二人は笑つてゐる。

(「震災見舞」岩波書店志賀直哉全集第 3 巻)

志賀直哉の一文である。

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朝鮮人でないことを分かっていながら、ただただ気に入らないとの理由で命を落とした事件も少なからずあったように読める。伝聞に過ぎない話であるが、刃をちらつかせた大勢に囲まれ恐ろしくて言葉が出なかったため、あるいは知的に障害があって、またあるいは言葉に障害があって、うまく尋問に答えられなかったがために「朝鮮人」と断定され殺された方も少なくはなかったという。

「然しかう云ふ時でもなけりやあ、人間は殺せねえと思つたから、到頭やつちやつたよ」二人は笑つてゐる。

とは恐ろしすぎて言葉を継ぐことも出来ないが、「一旦事があると、あんなにすさみ切つてしまふ」というこの国の民(あるいは人間という存在の)の一面であることも認めねばならない。だからこそ我々は語り継がなければならないのだ。決して「関わり」がないからと言って「先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」などと言ってはいけないのだ。


本日の記事は「関東大震災と文豪――成蹊大学図書館の展示から――」(児玉千尋)という論文による部分がほとんどである。さらに今後数回の記事は、この論文を参考に書こうと思っている。無論、引用文にあっては可能な限り原文に当たってはいるし、今後もそうするつもりではあるが、それが能わぬものはいわゆる孫引きとなっていること、お詫びしたい。

ここに、ある意味この論文の引き写しと言われても仕方のないような内容に若干の私見を加えているに過ぎない仕上がりになっていることをお断りしておく。したがって、ここ何日かの記事を読むよりは、上に示したリンクから元の論文に当たってもらわれた方が手っ取り早いことを付け加えておく。

なおこの論文の末尾に添えられた文献リストは実に興味深い。