大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

9月1日に思う・・・6

もう一日だけ重苦しい話にお付き合いいただく・・・話題は再び折口信夫に戻る。

先に述べたように関東大震災の発生を折口信夫が知ったのは、沖縄への調査旅行の帰途である。神戸からの救護船に乗った折口は、3日に横浜港に到着。すぐさま深川の自宅へと向かう。この時に自警団なる一団に取り囲まれ命を落としかけたこと、「9月1日に思う・・・1」に示した如くである。そして彼はその時の思いを1首に託した。

國びとのウラさぶる世にひしより、 顔よき子らも、 頼まずなりぬ

ただ・・・彼が自宅にたどり着くまでに経験したことはそれだけではなかった。

道々酸鼻な、残虐な色色の姿を見る目を掩ふ間がなかった。歩きとほして、品川から芝橋へかゝったのが黄昏で、其からは焼け野だ。自警団の咎めが厳重で、人間の凄まじさ・浅ましさを痛感した。

「砂けぶり自註」 (折口信夫全集第30巻 中央公論社

そしてその圧倒的な量の悲劇を、彼はとうとう得意の短歌に読むことが出来なかった。どうにも三十一文字には収まりそうもないほどの悲劇が彼の脳裏に去来したのであった。そして彼は次のような形式を選び自らの思いを表出する。

「砂けぶり」と呼ばれる詩群である。ここでは「砂けぶり二」と題された1編を紹介しよう。

砂けぶり 二 焼け原に 芽を出した ごふつくばりの力芝チカラシバめ だが きさまが憎めない たつた 一かたまりの 青々した草だもの 両国の上で、水の色を見よう。 せめてもの やすらひに─。 身にしむ水の色だ。 死骸よ。この間、浮き出さずに居れ 水死の女の 印象 黒くちゞかんだ 藤の葉 よごれクサつて 静かな髪の毛 ─あゝ そこにも こゝにも 横浜からあるいて 来ました。 疲れきつたからだです─。 そんなに おどろかさないでください。 朝鮮人になつちまひたい 気がします 深川だ。 あゝ まつさをな空だ─。 野菜でも作らう。 この青天井のするどさ。 夜になつた─。 また 蝋燭と流言の夜だ。 まつくらな町で 金棒ひいて 夜警に出掛けようか 井戸のなかへ 毒を入れてまはると言ふ人々─。 われわれを叱つて下さる 神々のつかはしめ だらう かはゆい子どもが─ 大道で しばいて居たつけ─。 あの音─。 帰順民のむくろの─。 命をもつて 目賭した 一瞬の芸術 苦痛に陶酔した 涅槃の 大恐怖 おん身らは 誰をころしたと思ふ。 かの尊い 御名ミナにおいて─。 おそろしい呪文だ。 万歳 ばんざあい 我らの死は、 涅槃を無視する─。 擾乱ジョウランの 歓喜と 飽満する 痛苦と

「砂けぶり二」 (折口信夫全集第22巻 中央公論社

1連から3連までは、彼が横浜から歩いてきて目に入った惨状が描かれている。4連は自警団囲まれた時のことを歌ったものだろうか・・・そして5連。折口は深川の自宅に到着し、ひととき安堵の思いにひたる。 が・・・その夜(6連)、ただならぬ異様な空気を彼は味わうことになる。以降は、彼の自警団なる群れに対する抑える事あたわぬ糾弾が繰り広げられる。

井戸のなかへ 毒を入れてまはると言ふ人々─。 われわれを叱つて下さる 神々のつかはしめ だらう

ゆえなき理由により殺される朝鮮人。彼らは日本人にとって共同体外の存在である。そんな彼らを折口は「神々のつかはしめ」と呼んだ。これは古代において共同体の外からの訪問者を「まれびと」と呼び、崇拝するとともに恐怖の目で見ていたと考える折口信夫独自の視点である。そして人々はその恐怖ゆえ(この場合そこには日頃自分たちが彼らを虐げているという負い目があるのだろ)、その「まれびと」を殺してしまう。けれども・・・その「まれびと」は「われわれを叱つて下さる神々」が「つかはし」てくださった存在であったのだ。共同体が神として祀り、自分たちの安穏を希うべき・・・そんな存在であったのだ。

かはゆい子どもが─ 大道で しばつて居たつけ─。 あの音─。 帰順民のむくろの─。

そしてその大人たちの狂気は「かはゆい子ども」にまで伝染する。

おん身らは 誰をころしたと思ふ。 かの尊い 御名において─。 おそろしい呪文だ。 万歳 ばんざあい

彼等は自分たちの狂気に対していささかの疑問をも感じてはいない。それよりもむしろ正当な行為だとさえ思っており、自らの行為に「陶酔」し「歓喜」している。だからこそ「かの尊い 御名において」て「万歳 ばんざあい」と「おそろしい呪文」をあらん限りの力で叫ぶのである。「××××万歳 ××××ばんざい」と。無論「××××」に入る「かの尊い 御名」がなんであるかは自明である。そして彼はその狂気をあたう限りの力を持って厳しく糾弾する。「おん身らは 誰をころしたと思ふ。」と・・・

ところで、かような狂気は現代を生きる我々にも決して無縁なものとは言い切れない。

いったい、わたしたちになにがおきたのか。この凄絶無尽の破壊が意味するものはなんなのか。まなぶべきものはなにか。わたしはすでに予感してる。非常事態下で正当化されるであろう怪しげなものを。あぶない集団的エモーションのもりあがり。たとえば全体主義。個をおしのけ例外をみとめない狭隘な団結。

辺見庸「非情無比にして荘厳なもの」(水の透視画法 共同通信社

震災後・・・とよく囁かれている。震災を経験した我々はその前の我々にはもう戻ることが出来ない。何事でも起こりうるという言いようのない不安を絶えず感じつつ生きてゆかねばならないのだ。そしてその不安に耐え切れず、あらたなる「まれびと」を探し、「擾乱の 歓喜と 飽満する 痛苦と」とをこの国に再現せしめんとする一団があちらこちらの街角で聞くに堪えない言葉をがなり立てているではないか。2年前であっただろうか、大阪は鶴橋の街頭で「鶴橋大虐殺が起こりますよ」と絶叫した少女がいた。もちろん、彼らのそれは言葉の上だけであって実際の行為にまでは及ばぬのかもしれない。

けれども、彼等彼女らの狂気を上手く利用できぬかと虎視眈々と見つめているものがいないと誰が言えよう・・・かの日の甘粕正彦のように、そして彼が忖度していたであろう誰かのように・・・

そして・・・その誰かの視線が見据えるものは・・・

我々はこれに抗わなければならない。二度と「かはゆい子どもが大道で」罪なき人々の「むくろ」を「しば」く「あの音」が聞こえるような社会を作ってはならないのだ。そのためには非常事態の名の下で看過される不条理に、素裸の個として異議をとなえるの、倫理の根源からみちびかれるひとの誠実」(辺見庸 上掲書)を手にしなければならないのだ。そして・・・折口が「朝鮮人になつちまひたい 気がします」と戯笑しながら、しかも自らが「朝鮮人」の側にあるとその立場を宣言したように、その確かな立ち位置を構築せねばならない。