大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

法隆寺に行く・・・3

法隆寺に行くのはもう・・・5年ぶりどころではないであろう。

・・・こんなふうに先日の記事では書いたが、ふと気になって調べてみた。以前も法隆寺を拝観したときの記録をみなさんにご紹介したことがあったのでその日付を調べてみた。5月5日、子どもの日の午前11時過ぎ私は斑鳩の里にある駐車場に車を止めた・・・記事をアップした日付は2011年5月7日。自分の記憶の不確かさに驚いてしまうが、4年前のことである。それを・・・「5年ぶりどころではないであろう。」とは・・・我ながらあきれてしまう。しかもその時の法隆寺に関する一連のレポートの末尾は「そんなに遠くないある日・・・またこの場所にやってくることを思って・・・」なんて書いてあるわけだから、いかに私の言葉がいい加減であるかが窺い知れる。

しかしながらいつまでもあきれかえっているわけには行かぬ。せっかく金剛力士のお許しが出たのだから、中に入ってそこにおわす御仏にお会いしなければならない。西院伽藍(法隆寺は講堂・金堂・塔を拝する西院伽藍と夢殿を中心とした東院伽藍とに分かれている)の南西にある受付へと向かう。拝観料1500円也・・・おや、値上がりしている・・・確か前に来たときは1000円だったのにの思い前回の記事を読み直す。確かに1000円支払ったと書いてあり、ここで自らの記憶にちょいと安心をする。

まあ、ここだけで著名な博物館の特別展の目玉にもなるような御仏や、極めて重要な建造物を一気に見ることが出来るわけだからその分だけの値打ちは充分にある。だいたい建造物だけでも47棟の内、18件が国宝、その他は全て重要文化財指定なのである。加えてその堂内にある御仏を始めとした品々などは、どれが国宝・どれが重文と数えるのもおっくうなぐらいである。そしてまたそれらの御仏が本来あるべき場所に鎮座なさっている御姿は、博物館などの展示では窺うことの出来ない魅力がある。家族の分をまとめて支払うと結構な金が気になってしまうのだが、ここはケチってはいられない。「ええい」と気前よく受付に渡す。

そして・・・まず眼に入るのが・・・

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五重塔である。法隆寺と言えば五重塔五重塔と言えば法隆寺とつい思ってしまうほど、ここの塔は有名であるが、やはり素晴らしい。その美しさは私がここで百万言費やしたところで到底お伝えしきれないもの・・・したがってどうしてもとおっしゃる方はここに来て実際に見ていただくすか術はない。

ただ今回、このアングルでの写真をみなさんにお示ししたのは・・・・ふと思い出す一文があったからだ。

塔は幸福の象徴である。悲しみのきわみに、仏の悲心の与えるよろこびの頌歌であるといってもいい。金堂や講堂はどれだけ雄大であっても、それは地に伏す姿を与えられている。その下で人間は自己の苦 悩を訴え、かつ祈った。生死の悲哀は地に伏すごとく建てられた伽藍のうちにみちているであろう。しかし塔だけは、天に向かってのびやかにそそり立っている。悲しみの合掌をしつつも、ついに天井を仰いで、無限の虚空に思いを馳せざるをえないようにできあがっているのだ。人生苦のすべては金堂と講堂に委ねて、塔のみは一切忘却の果てに、ひたすら我々を天上に誘うごとく見える。しかも、塔の底には仏の骨が埋められてあるのだ。

亀井勝一郎「塔について」大和古寺風物誌)

人は「天に向かってのびやかにそそり立っ」た塔を見上げるとき、必然的に天を仰ぐ。そして・・・その「無限の虚空」の遙か彼方に御仏の姿を見る。

そこにあるのは「人生苦のすべて」を地に委ね、御仏の救いを渇望する我々青人草の姿のみである・・・