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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

法隆寺に行く・・・4

大和のこと

五重塔を見上げ、その遙か彼方の虚空を見つめながら、しばし天上界に思いを馳せた後は亀井勝一郎が「地に伏す姿を与えられ」た金堂と講堂へ向かう。

IMGP4838 まずは金堂。ここにいらっしゃるのは言わずと知れた金銅釈迦三尊像聖徳太子のために作られたというこの御仏は飛鳥仏の典型とも言える端正なお顔立ち。両脇には脇侍の菩薩様が2体。こちらの方はお釈迦様より小さくおまけに暗い堂内にては少々お顔が見えづらいのが残念である。

この法隆寺のご本尊の右には太子の父、用明天皇のために造られたという金銅薬師如来座像(飛鳥時代)、母、穴穂部間人あなほべのはしひと皇后のために造られた金銅阿弥陀如来座像(鎌倉時代)が鎮座し、それを守護するわが国最古の四天王像(白鳳時代)が、邪鬼の背を踏みつけ四方に睨みをきかせ、堂内の静謐を守っている。

一方目を上に転じ天井を見やれば、そこには天人と鳳凰が飛び交う天蓋が御仏のおわす場所を荘厳し、四方の壁面には、世界的に有名な壁画(ご承知のようにこの壁画は昭和24年焼損、現在見るものはその後再現されたもの)が描かれ、創建当初の絢爛豪華を想起させる。

IMGP4837

続いては大講堂。こちらはその名の通り仏教の学問を研鑽の場。他には法要を行う施設としても利用された。ただこちらは五重塔や金堂よりはやや新しい。延長3年(925)に落雷のため焼失、幸い正暦元年(990)に再建されたもの。ご本尊は薬師三尊像。他にその再建の際建立された四天王像が、堂内を守護している。ご本尊の薬師仏は左右に日光、月光の両菩薩を脇侍としてているが、これまた飛鳥や天平期のものではなく、平安後期の作となる

ここ大講堂では上に触れたように諸法会が催されるが、中でも修正会や仏性会などのは特に有名である。

修正会(正式名称「最勝王経讃説」)は、国家安穏、万民豊楽、寺門興隆を祈願するもので、一般人は入堂出来ないが、寒風が吹きすさぶ冬、僧侶たちの読経が仄かな灯明の揺らぎの中、厳かに堂内に響き渡るという。同じ時期、金堂にても同様の法会が営まれている。

毎年4月8日は仏性会。いわゆる花まつりである。広い大講堂の真ん中にお釈迦様の小さな誕生仏が祀られ、甘茶を注ぐ行事であるが、「灌仏会」「浴仏会」ともよばれるこの行事は、日本では推古天皇14年(606)に始まったとされるが、法隆寺では聖徳太子信仰が盛りあがりを見せた平安時代中期、元永2年(1119)に大講堂で始められたという。

今はそのような儀式の季節ではなく、堂内ではあまたの観光客を薬師仏がにこやかにお迎え下さっているが、そうはあってもこれらの法会の日にはさぞや厳粛な空気がここに漂っているのだろうと思うに充分な気が充ち満ちている。