大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

馬と鹿の話

法隆寺についての報告を数日続けている。その終了まであと二日はかかるかと思うのだが、今日は趣向を変えてみたい。というより、今日はどうしても司馬遷のこの一文を皆さんにお読みいただきたくて仕方ない。

趙高、乱を為さんと欲し、群臣の聴かざるを恐る。乃ち先づ験を設け、鹿を持して二世に献じて曰く、

なり。」と。

二世笑ひて曰く、

「丞相誤れるか。鹿を謂ひて馬と為す。」と。

左右に問ふ。 左右或ひは黙し、或ひは馬と言ひ、以て趙高におもねしたがふ。 或ひは鹿と言ふ、高因りてもろもろの鹿と言ひし者を法を以てひそかにつ。 後、群臣皆な高を畏る。 趙高は(悪化する形勢が皇帝に露見してしまうことを恐れ、)謀反を起こそうと考えた。群臣が自分に従うか心配した趙高は、一計を案じ、鹿を引いて二世皇帝に献じて言った。

「馬です。」と。

皇帝は笑って言った。

「丞相は何を言っているのだ。鹿を指して馬と為している。」と。

そして左右に尋ねた。ある者は黙して答えず、ある者は同調して馬といい、趙高を恐れて曲従した。中には鹿と答えた者も居たが、趙高はこれを法に引っかけて罪に陥れた。 これより後、群臣の誰もが趙高に恐怖した。

みなさんご存知の、他者を中傷侮蔑する際に用いる漢字二字の熟語の由来を語る史記の一文(秦始皇本紀)である。私はこの二字を滅多に使うことはない。なぜならば今の世においては、この二字がいろんな意味においてハンデを持つ人々を差別中傷する言葉になることを知っているからだ。しかし・・・今こそ、ある人々を・・・本来の意味を持って指弾することが必要だと考える。

あきらめてはならない。

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