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大和逍遥   

別に運営している「三友亭雑記」というブログのバックアップである。

続高天彦神社に行く

大和のこと

高天彦神社の祭神高御産巣日神たかみむすびのかみ市杵嶋姫命いちきしまひめのみこと菅原道真公。主祭神高皇産霊神。『古事記』によれば、天地開闢の時、天之御中主神あめのみなかぬしのかみについで神産巣日神かみむすびのかみとともに高天原に出現したとされる神で、葦原中津国平定・天孫降臨の際には高木神という名で登場し、活躍している。

Hisilicon K3 右には市杵嶋姫命(真ん中です。向かって左がお稲荷さん、右が御霊神社

[caption id="attachment_7000" align="alignnone" width="300"]市杵嶋姫命 市杵嶋姫命[/caption]

右には菅原道真公(天神さんです)・・・

[caption id="attachment_7001" align="alignnone" width="300"]菅原道真公 菅原道真公[/caption]

その他、いくつもの小さな祠が立ち並んでいる。そして・・・振り返れば・・・

逆光で見にくいのでしっかりと目を凝らしていただきたい。右の石塔には「明治天皇遥拝所」と書いてある。そして驚くべきは左だ・・・なんと「神武天皇遥拝所」と書いてある。明治天皇(こちらは確かであろう)がかつてこの場所に立ち、高御産巣日神に祈りを捧げたのである。そして神武天皇も・・・こちらはちょいと確証を持ちがたいが、いわゆる葛城王朝なるものの存在を認め、その創始者としての神武天皇の存在を仮定するならば、神武天皇がその聖地に対して祈りを捧げるのは当然と言えば当然だ。

なぜならば・・・高天彦神社の背後に聳える白雲の峰はこの御社のご神体。そしてその陰になって見えないが後ろにはかつて葛木の山の一部をなしていた金剛山が聳えている。仮に葛城王朝なるものが存在していたとするならば、これ以上に聖性に富む場所はないはずだからだ・・・

そんな太古の営み・・・葛城王朝やら神武天皇は別にしても、この場所がはるかかなたの時間の向こうにおいて、類まれなる聖なる地として人々の信仰を集めていたであろうことは想像に難くない。そしてその信仰は・・・かつての繁栄の程は窺えないにしても千と数百年の間営々と人々の間に伝えられてきた・・・その事実は何人も否定しえない。